妖狐 其の三
──お母様は本邸の離れにいらっしゃるのよね。
月は感覚だけを頼りに本邸へと向かった。本邸への方角は知っていても、当然ながら訪れた事はない。
けれど、直感とでも言うのだろうか。月には、自身を産んだ母親の居場所が手に取るように分かったのだ。
──あちらに本当のお母様がいらっしゃるわ!
月はその感覚を頼りに本邸から母親のいる離れへとずんずんと進んでいく。修練場らしき場所からは門弟達の声が聞こえていた。
本邸には、月の暮らす別邸とは違い多くの人々が出入りしているのが伺えた。
だから、月はこの時疑問に思うべきだったのだ。何故、誰ともすれ違う事がなかったのかと。
この時、誰にも会わずに離れへと辿り着いた事には安堵しか感じなかった。
──お母様にやっと会える!
その高揚感に月の心は沸き立っていた。胸の高鳴りを抑えながら、離れの屋敷に一歩足を踏み入れた。
屋敷の中はしんと静まり返っている。近くに人の気配はなく、これ幸いと月は屋敷の中を母親を探して歩き回った。
屋敷に入って直ぐに見つかると思った母の姿は中々見つからない。近くにいる事は分かるものの、正確な位置が分からず、月は同じ場所をぐるぐると回り続け、漸く月は地下に繋がる入口を見つけた。
「──階段があるわ」
──なぜ、こんな分かりにくい場所にあるの?
月は疑問に感じつつも、狭い階段を用心深く降りていく。相変わらず、母以外の気配は感じなかった。
階段を降りきると、その異様な空気の冷たさに月は身をぶるりと震わせる。
──お母様は病を得て離れにいるのよね。何故こんな冷たい場所に?
月は言い知れない不安に襲われた。
「──お母様?」
気がつけば月は母を呼んでいた。しまったと思い、口を塞ぐが遅かった。その廊下の奥の部屋から奥から物音がしたのだ。
月は恐る恐る奥へと足を進めた。
「──だぁれ? 篤実?」
兄を呼ぶ声に月ははっとし、抱えていた不安が一瞬にして希望に変わったのだ。
──お母様だわ! やっとお母様に会える!
月は奥へと向かって駆け出していた。
「──お母様!」
そう言って、母の元に行こうとした月を何かが阻む。触れてみると、格子状に組まれた木である。
──これ何、窓、障子とも違う?
部屋に入る事もできず、月その場でたち竦んでいると部屋の奥から声がした。
「──誰? もしかして、貴女は月なの?」




