妖狐 其のニ
──会えなくなってしまうかも知れないのよ?
あの日以来、玉の言葉は月の頭にこびり付き、ふとした瞬間に思い出す様になった。
「──月様?」
「何でもないわ」
心配そうに顔を覗き込む子峰に月はそう返す。月は子峰が相手であっても奇妙なあの妖狐に会ったことを言うのが憚られ一人悩みを抱える事となった。
──お母様に会えば、このもやもやした気持ちは落ち着くのかしら?
考えれば、篤明と養父の会話が切っ掛けだった。
──会えなくなる。
その一言が月の心を苛み、焦らせる。
──子峰に言っても、会わせてくれないわ。
大抵の願いなら子峰も養父母も聞いてくれる。しかし、母上の件にだけは頷くことはないと月はそう感じていた。そして、それにはきちんとした理由がある事も今までの関係から理解していた。
何時もならばその時点で月は諦める事が出来たが、今回はどうしても諦める事が出来ないのだ。
「──なら一人で会いに行ってみる?」
月は一人呟き、その言葉が妙に心にストンとはまったのだ。そして、その方法を知っている。
『──でもね、会いたくなったら会いに行くんだ。だって、僕知っているんだ。母上が本邸の離れにいらっしゃる事を。だから、月も会いたくなったら会いに行けばいいよ』
方法は篤実が教えてくれた。つまり、月は会いに行こうと思えば、会いに行けるのだ。
──ほんの少し、お顔を見るだけよ。それならば、きっと許してくれる。
月は自身の本当の母に会いに行く決心を決めた。
あの妖狐に会ってから7日後のことであった。
✧✧✧
「──漸く行ったわね。予想よりも時間がかかったわ。子供といっても、流石はあの邪眼を宿しているだけあるわ」
月がひっそりと家を抜け出した時、その姿を見ている者がいた。艷やかな黒髪を後ろに流した美女である。但し、人ではない。その証拠に彼女着物の裾からは、9本の尾が覗いていた。
9本の尾を持つ大妖。それは月に玉と名乗ったあの妖狐であった。
「──ああ、天天は本当に引きがいい」
玉は妹弟子の名を口にし、うっとりと頬を染めた。
「これで、私は多くの妖魔を統べる力を手に入れられるのね!」