妖狐 其の一
「──母上の容態が良くないのです」
押し殺した声の主は若干17歳にして梁家の当主を継いだ梁篤明だった。
「医者は何と?」
「もう、永くはないと」
──母上……。
兄と養父のそんな会話を盗み聞きしてしまい、月は何とも居た堪れない気持ちになった。
時折、養父母の会話から自身が実子ではない事を知ってはいたが、母については殆ど聞いた事がなかった。
「──篤実兄様、母上はどんな方なの?」
運悪く離れにやって来ていたニ番目の兄に尋ねてみた。
「病でずっと本邸の離れで療養しているんだ。僕も殆ど会った事無いよ。でもね、どうしても会いたくなったら──」
少し淋しげな表情をした篤実は、月に顔を近づけてそっと耳打ちをした。
──母上はどんな人だろう。
そんなモヤつきを抱えた月は何時も通り、天天の元を訪れたが、生憎と彼女の姿は無かった。彼女は時折、姿を見せないこともあり、がっかりとするものの大して不思議には思わなかった。
「──貴女が天天の弟子?」
その帰り、魅惑的な声の主が月に話し掛けてきた。彼女は天天の姉弟子に当たる玉という妖狐だそうだ。
「ふふ、天天が弟子を取ったというから見てみたくてね。来ちゃった。天天ったら、また何処かふらふらしてるのね」
彼女の声は酷く心地良く、聞いていると不思議な事に頭がふわふわとしてくるのだ。そのせいか月は直ぐに彼女に気を許してしまった。
「──まぁ、お母様がご病気なの? それはとても心配でしょう」
──あれ、私何でこの人にこんな事を話しているのかしら?
そう頭の隅で思うものの、月は喋るのを止められなかった。
「お母様には、会おうと思えば会えるのよね? なら、会ってみると良いわ」
「でも……」
月は玉の提案に逡巡してしまう。
「だって、会えなくなってしまうかも知れないのよ? それで良いの?」
月は急にこの玉という女が怖くなって、その場から逃げ出した。
──それでも良いの?
家に帰るまで、玉の言葉が頭にこびりついて離れなかった。




