商家の少年 其の一
──その日、羅秀は父共に港町から商品を仕入れに行った帰りだった。
何時になく上等な品が手に入り、意気揚々と都への帰路へとついた。しかしながら、連日の長雨のせいで道は泥濘んでおり、特に山道は荒れていた。
「──こんな所に子供?」
荷馬車を引いていた父が声上げた。荷台にいた秀が顔を覗かせると山道の真ん中に秀と同い年くらいの子供が一人佇んでいる。
「迷子かな?」
「誤って山道に入り込んだのかもしれないな。秀、声をかけてみてくれないか?」
荷馬車を停め、秀は父に言われるままその子供に声を掛けた。
「──君、どこの子? もしかして、迷子なの?」
子供を驚かせない様に近付いた秀だったが、急に振り返った相手に驚いた。その子供は目を布で覆い隠していたのだ。秀の頭を良くない想像が過った。
──目が良くない? もしかして、捨てられた?
貧しい農村などでは子供を間引をする事があったのだ。秀も父と買付に途中の貧しい村でそんな実情を何度か見かけた事はあった。だが、目の前にいる子供は痩せてはいるものの、それなりに良い身なりをしている為、それはないなと直ぐに結論付けた。
「──山が唸っている」
「へ?」
唐突にそんな事を言われ秀は首を傾げた。一応、耳を澄ませてみたが、特に唸る様な音は聞こえなかった。
「何も聞こえないけど」
秀の言葉にその子供の方も恐らくどう伝えれば良いのかわからないのだろう。同じ言葉を繰り返した。
「凄く良くない感じがするの」
二人して首を傾げていると、痺れを切らしたのか秀の父がやって来た。
「おや、お嬢さんは梁家のお子さんだね? 親御さんか、側付きの人はいないのかい?」
そう言われ、その子は身を強張らせた。どうしてと言わんばかりの顔をしている。
「髪紐に家の家紋が入っているからすぐにわかったよ。それにこの辺りの良家は限られるからね」
「そうだったの」
この子は理由が分かってほっとした表情を浮かべるものの、すぐに浮かない顔になった。秀が理由を話すと秀の父は表情を曇らせた。
「山が唸るか……」
「父さん?」
秀の父は少し考えこむと、何かを決意した様に秀を振り返った。
「秀、直ぐにこの道を引き返そう。他の者にも伝えんとな」
「えっ、後少しで都に着くのに?」
秀は驚いて父を見上げた。この山を超えれば半日で都に到着する。しかし、引き返せば都に到着するまであと数日かかってしまうのだ。何故、父がそんな事を言うのか秀には分からなかった。
「君はどうする? 家の近くまで送って行く事は出来るが?」
秀の父が訊ねると少女は首をふるふると振って答えた。
「大丈夫、直ぐに迎えが来るから」
その言葉のすぐ後、誰かを呼ぶ声と大柄な男が走って来る姿が見えた。
秀と彼の父は直ぐにその場から離れた。




