霊狐 其の参
「わ、私が、貴女の弟子?」
「ええ、そうよ」
唐突な申出に唖然とする月に対し妖狐は大きく頷いた。
「私達霊狐は、人同様に師匠に付いたり弟子にとったりします。時には、人に交じって人の師に教わるなんて事も決して珍しい事ではありません」
胸を張って説明する妖狐に月は困惑した。
「もしかして、既に誰か師がいますか?」
そう尋ねられ、月はふるふると首を左右に振ると「それは良かった」と妖狐は何故か嬉しそうだ。
「その、私の様な者を弟子にして貴女に何か利点があるのでしょうか?」
戸惑いながら月が訊ねると、妖狐は「勿論!」と笑う。
「貴女を弟子にする事こそが私の利点と言えるでしょう」
余りにも耳障りの良い言葉に月は酷く心を揺さぶられた。
──ああ、私化かされているのかしら?
そう思う一方で、「でも、彼女言う事が本当だったら……」と密かに修行に励む兄達を羨ましく思っていた心を擽られたのだ。
隠れて暮らす事を強いられている自分を必要とする者がいるという事実が幼い月の心に強く動かした。
「──本当に、弟子にしてくれる?」
気が付けば、そう答えていた。
「ええ、この霊狐天天に二言はありません!」
満足そうに答えた妖狐の言葉に月は胸を踊らせた。その後ろめたさもあったせいだろう、月はこの事実を家族に言う事が出来なかった。
その日から、早速霊狐天天による月の修行は始まった。
天天の修行は基本座学で目が見えず、文字も書けない月には有り難い事に彼女の話を只管に聞き、覚えるというものだった。
ただ、天天は月が思っていたよりもかなり長命──彼女曰く千年程生きているらしい──であった。その為、彼女の知識は膨大で月は一つ一つ覚えるのにかなり苦労した。しかしながら、天天の話は、外の世界を知らない月にはどれも面白く興味深いものばかりだった。
彼女と出会ってから3ヶ月経つ頃には彼女に対する警戒心はすっかり消えており、月にとって側付きである孫子峰に次いで信頼する人物となっていた。
その事がその後の悲劇を生むとも知らずに──。