霊狐 其のニ
古椿の霊の件があってからも月は時折山へと分け入っていた。
例の医者の手掛かりがあるかも知れないと思ったからだ。古椿の霊を封じていた護符らしきものはあったのだが、経年劣化で元の状態が分からなくなっており、あまり役には立たなかった。
そんな折、月は思わぬ出会いをした。狐を見つけたのだ。それは妖狐であった。
──妖狐は人を化かすのがのが得意というけれど、あれは誰かを騙すつもりだったのかしら?
月が妖狐を見つけた時、彼女は猟師の罠にかかっていた。注意深く観察し、あの狐を罠から外してやったが、その後特に危害を加えられる事もなく無事家に帰ることができた。
本当にただ罠にかかっていただけならば、随分と間抜けな妖狐である。
──本当にあんなところで何をしていたのかしらね。
ふと、ふかふかの毛皮の感触を思い出し、少しニヤけてしまった。
「また、会えるかしら?」
「誰に?」
「ひゃぁ!!」
突然背後から声をかけられて月は飛び上がる程驚いた。
「もしかして、昨日のお姉さん?」
その声の主はあの狐だった。今はどうやら人の姿をしているらしく、声は月の頭上からしている。
「ふふ、驚いた?」
彼女は月を驚かせた事が余程嬉しいのか、楽しげに笑っている。
「ええ、とても」
ドキドキと高鳴る心臓を抑えながら、月は何とか答えた。
「ふふ、警戒しなくても良いわ、と言ってもそうはいかないわね。昨日も一人で山にいたし、何をしているの? 良家のお嬢さんの様だけれど、こんな山の中にいては妖魔に……」
そう言いかけて、狐はぐっと月に近付く。
「成る程、山神の加護があるのね」
一人納得している。
「貴女その目はどうしたの?」
そう言って手を伸ばす妖狐から月は反射的に後ずさった。
「おや、見えている? もしかして、邪眼の類かな」
一瞬にして見破られ、月は身を強張らせた。
──油断した!
妖狐は長命で知識量は多い。そして同時に狡猾と聞く。まだ幼い月には到底太刀打ち出来る相手では無かった。
「本当に警戒しなくて大丈夫なのに。私も山神を敵に回す気はないし、そもそも助けてくれた貴女に危害を加えることはないわ」
そう言い切る妖狐に月は増々警戒する。しかし、妖狐の方は不穏な気配は全く感じさせない。
──信じても良いのかしら?
月が考え倦ねていると、彼女は驚くべき提案をしてきた。
「──貴女、私の弟子にならない?」