霊狐 其の一
──霊狐とは、修行を積んだり太陽や月などの力を得て、変化や仙術を獲得した狐の事である。または人間をたぶらかしたり、人間の姿に化けたりする為、妖狐とも呼ばれている。
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つぶらな瞳、9つの美しい尾を持つ天天もその霊狐の一体であった。
その日、天天は窮地に陥っていた。
天天は人を誂うのが好きで今日も今日とて、さあ誰を化かしてやろうかと山を闊歩していたところ、見事に猟師の罠にかかってしまったのだ。
天天は長命で博識ではあったが、その実とても間抜けな狐でもあった。
──うぅ、どうしよう……。
罠に嵌ったまま天天は悲嘆に暮れる。
──このまま、私の命は儚く消え去るのね……。
等と不穏な想像をしていると、ガサガサと草を踏む音がした。その音に天天は身を強張らせた。
──この罠を仕掛けた猟師かしら?
「──此処で何をしているの?」
叢から現れたのは天天の予想を裏切りまだ幼い娘であった。その娘は何故か目隠しをしている。
──これは僥倖!
天天は恐らく目が見えないであろう娘にこれ幸いと話し掛けた。
「うっかり猟師の罠に嵌ってしまったのです。お嬢さん私を助けて下さいませんか?」
「まあ、お姉さん大変! 今人を呼んでくる!」
娘は素直な達なのか、天天の言葉をあっさり信じた様で、くるりと方向転換し来た道を戻ろうとする。
「あえ、待って、待って! 人は呼ばないで!」
人を呼ばれては不味いと呼びに行こうとする娘を天天は慌てて止める。
「どうして?」
「恥ずかしくて。こんな姿を人に見せるなんて到底出来ません。お嬢さんが此方へ来て、罠を外して頂けませんか?」
天天が声を掛けると、娘は少し困ったふうに考え込んだが、直ぐに天天の元にてとてとやって来た。天天は内心にんまりする。
娘が手を伸ばして罠に触れようとする。が、その手は罠ではなく、天天の足に触れてしまう。
「これは何?」
「私の足よ」
「随分と細いのね」
「食が細いのよ」
天天がそう言うと、娘の手は彷徨いながら、足から胴へと手を動かした。
「お姉さんはとてもふかふかしているのね」
「私は、毛皮を着ているからね。でも、そちらは罠では無いよ」
「そうなの?」
娘の手は今度は天天の頭に触れた。
「これは何?」
「私の耳よ」
「これは?」
「鼻よ」
今度は手を胴を上下に動かした。天天は擽ったさに思わず笑いそうになるのを堪えた。そして違和感を覚えた。
──この子は態とやっているのではなかろうか?
天天は何時までも自分の身体を撫で回す娘を訝しみ始めた頃、漸く娘は罠を外してくれた。
「お嬢さんのお陰で助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
ちょっとだけ大人ぶっている娘を微笑ましく思いながら見た。身形はそれなり良いので良家の子供だと察しがついたが、同時に山の中に一人でいるのが気にかかった。
「お嬢さんのお名前は?」
そこで天天は助けてくれた娘の名を訊ねてみることにした。
「月よ」
「そう小月。今度お礼をするわ」
彼女は名しか言わなかったので、天天は取り敢えず一旦此処から去ることにした。
──後をつけるなり、探る事は出来る。
「じゃあね。狐のお姉さん」
背後でそんなは呟きが聞こえ、天天は身を強張らせた。