古椿の霊 其の四
後日、その古椿の霊の元へ月は子峰と共に向かった。勿論似顔絵を作る為である。古椿の霊は最初子峰を警戒していたものの、例の医者探しを手伝っていると伝えると意外な程あっさりと協力してくれた。
お陰で例の医者の似顔絵は簡単に作る事ができたのだが、一つ問題が起きた。
「──寄りにもよってこの方とは……」
子峰はその医者を知らなかったが、幸い養父の忠敏が顔を知っていた。その正体は黄家の医者李宇軒である。彼は当時、その名を知らぬ者はいないとされる程の名医だった。理由は不明だが、当時の黄家当主の逆鱗に触れ破門されたそうだ。それは十五年も前の事だった。
「破門された後の彼の消息は誰も知らない。もしかすると、既に亡くなっている可能性もある」
そう忠敏は語った。何でも彼が破門された後、彼を一門に引き入れようとした者は数多くいたらしい。しかし、誰も彼を見つける事は出来なかったそうだ。
「では、その方を探すのは無理という事でしょうか?」
「いや、縁かあればもしやとも思う」
落ち込む月に忠敏は優しく言う。
「李医師は医術だけでなく、呪術にも精通した方という話だ。何処かでひっそりと暮らしているかも知れない」
「古椿の霊は如何様にしましょう」
子峰が忠敏に訊ねた。
「そこが問題だね」
「見つからなかったと伝えるのでは駄目なの?」
古椿の霊は長い間李医師を待っていた。見つからなかったと言わなければこのまま待ち続けるだろう。
「今、あの辺りで人が消えたとは聞かない。それは古椿の霊が人を襲っていないからだとは分かるね」
月は頷いた。
「それは李医師を恐れているからとも言える。そこに李医師が既に亡くなっていると伝えたらどうなると思う?」
そう尋ねられて答えは直ぐに浮かんだ。
「また、人を襲い始める?」
「ああ、そうだ」
そうなればあの古椿の霊は退治されるだろう。それは何となく嫌だと感じた。その思いを感じ取ったのかくすりと笑う。
「暫くは探しているという事にしておこう。大人しくしているなら、退治する必要もない」
「そうですね。その間に李医師も見つかるかも知れません。人と妖魔の時間感覚は違いますから、多少持たせたとしても気にしないでしょう」
そう言われ、月は安堵した。
取り敢えず、この件は暫く保留となったのだ。