古椿の霊 其の二
「──では、心を入れ替えて術から開放してもらえたのですね」
月は何とか言葉を振り絞って訊ねると、古椿の霊は「いいえ」と否定した。
「ですが、今貴女は自由の身なのは何故ですか?」
「単純に術の効果が切れたみたいよ。だって、あの人、あれから一度も私の元を訪れなかったのだから!」
「…………」
月は二の句が継げなかった。
──人を襲う妖魔を放置したって事? 一体何処の門派の方かしら?
人語を介し、人の魂魄を喰らう妖魔は強力な妖魔である。この古椿の霊は自身が言うように強力な妖魔である事は間違いないではないだろう。その妖魔を一人で封じたというのだから、それなりに名の知れた者である筈だ。
だが、世間と関わりの薄い月には何処の誰であるかは到底分かる筈はなかった。
──帰ってお父様やお母様……、いえ、まずは子峰に訊ねて見るべきね。だけど、問題があるわ。
「ねぇ、貴女がその人に会ったのは何時の話なの?」
人間と妖魔の時間感覚は違う。もしも、何十年も前の話ならば、その人は既に亡くなっている可能性もあるのだ。
「幾つ季節が巡ったかしら。分からないわ」
予想通りの返答に肩を落とした。月は古椿の霊に見つかるか分からないと答えて一旦家と戻ることにした。
✧✧✧
「──全く危ない事を!」
家に帰り、今日会った事を子峰に伝えると案の定叱責を受ける事となった。
「ですが、呪術が使える医者とは」
「心当たりがあるの?」
思案する子峰に月は訊ねた。
「いない事はありませんよ。黃家や曹家にはそれぞれ医術を専門とする一派がいますから。ですが、彼等は気位が高い。急患だからと嵐の中隣町まで行くものだろうか……。もし、何処の門派にも属していない方なら、是非内に勧誘したいくらいです」
「そんなに凄い人って事なのね」
月が感心していると子峰は続けた。
「ええ、月様の目も治療出来るかもしれませんし、古椿の霊の話がなくとも探してみるのは良いでしょう。それならば、御両親も篤明様も許可して下さるでしょう」
名案である。月は出来る側付きを持った事を感謝した。
養父母と兄に許可を貰い、その日から月と子峰は古椿の霊の探している医者の男を探し始めた。




