古椿の霊 其の一
「──人の子、此方へおいで」
「──一緒に遊びましょう」
「──お喋りをしたいわ」
──まただわ。
花神の加護を得てからというもの、花魄──美女の姿をした木の精──といった木や花の精達に良く話し掛けられるようになった。少々、鬱陶しく感じるも、限られた人との交流しかなかった月にとっては新鮮であった。
ただ、養父母や側付きの孫子峰と梅からは妖魔に唆されはしないかと酷く心配されていた。
とはいえ、花神の加護のお陰で月の生活圏は格段に広がった。花神の支配のある場所ならば妖魔に危害を加えられる心配がなくなったからだ。
そんなある日の事。
山の中を散策しているとやけに神妙な顔で話し掛けてくる木の精がいた。
「人の子、お前に頼みかあるの」
「何かしら?」
余りにも真剣な様子であったのでつい答えてしまい、子峰から一人の時は応えてはならないと言われていたにも月は内心「しまった」と思っも遅かった。
「聞いてくれるのね! ああ、良かった。これであの人に会えるわ!」
安堵した木の精は食いつきそうな勢いで月との距離を詰めて来た。彼女は余程人間と話がしたかったのか、聞いてもいないのに自身が古椿に宿る精霊だと話してくれた。
彼女は誰かを探しているらしい。
「その方は、どのような方なのですか?」
取り敢えず、害が無さそうなのを良いことに月が興味本位で聞いてみると、椿の精霊は「良くぞ聞いてくれた!」とばかりに話し出した。
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──激しい嵐の夜の事。
古椿の霊はこの辺りでは一等力の強い精霊で、古椿の前を通る者を襲ってはその魂魄を喰らっていた。
その日も古椿の霊は通りかかったその男を襲って喰らう為に声を掛けた。
「申し、こんな嵐の夜にどうされたのですか?」
古椿の霊の声に振り返ったのは涼やかな目元の美しい男だった。古椿の霊は内心ほくそ笑んだ。
──こんな美しい男はその魂も美味いに違いない!! 今日はなんてついているのかしら!
そんな彼女の内面も知らずに男は険しい顔で答える。
「私は医者をしています。急患の報せを貰い急いで隣町へと向かっている最中なのです。お嬢さんこそ、こんな嵐の夜にどうされたのですか?」
「道に迷い嵐になり困っておりました」
古椿の霊は人間を唆す上投句を述べた。すると男は道を指した。
「あちらに町に出る道があります。その道にそって歩けば町に出られるでしょう。それでは……」
そう言ってさっさと去ろうとする。古椿の霊は逃がすまいと更に言い寄った。
「実は、足を挫いておりまして、肩を貸して頂きたいのです」
男は少し逡巡するも一つ溜息を吐いて言った。
「貴女は先程その木の影から出てきた様子を見るに足を挫いているようには見えません」
古椿の霊は男を足止めしようと更に言葉を重ねた。
「この様な場所に一人では心細いのです!」
そう言って男に詰め寄ろうとした時、ぐんと何かに引っ張られた。見れば、身体は椿の木に貼り付けられている。
「この辺り出没する妖魔とはお前の事だったか。全く、急いでいたから放っておいてやろうと思ったのに。しつこい奴だ」
男の手には符が握られていた。男は呪術を使用して古椿の霊を捕らえていたのだ。
「貴様、導師だったか!」
古椿の霊は逃れようと暴れたが、びくともしなかった。
「俺は医者だと言っただろう。心を入れ替えれば術から開放してやろう」
男はそう言って、嵐の中去って行った。
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