山の麓にて
雨も上がり、羅羽はもう少し廟に残るという女に礼を行って廟を後にした。
羅羽が女に教えられた道を歩いていると、一組の親子に出会った。
「──いい加減におし!!」
母親は大きな声で子供を叱りつけている。羅羽は横目で見つつその親子の横を通り過ぎようとした。
「おじさん! 助けて!!」
「あ、こら!」
羅羽に気が付いた子供が駆け寄ってくる。羅羽は困惑しつつも対面を取り繕い、母親に話しかけた。
「どうかなさいましたか?」
「申し訳ありません、旅のお方。親子の事ですのでお気になさらずに」
羅羽の存在に気が付いた母親がやや気まずそうに顔を歪めた。
羅羽も流石にあまり口出しするのは憚られたので、母親の言うとおり、その場を後にしようとした。しかし、子供がいつの間にか羅羽の着物を掴んで後ろに張り付いている。
「あっ、お前はまた!」
しがみつく子供に母親は目を釣り上げる。
「おじさん助けて!」
子供は悲痛な声を上げしがみついて来る。羅羽はどうしていいのか分からず、困惑する。見れば子供は何かを抱えているようで、この親子の喧嘩それが原因の様だ。
「このままではこの子に放して貰えそうにありません。事情を説明しては頂けませんか?」
子供は目を輝かせ、母親の方は逡巡したが、子供が羅羽に張り付いて離れないので、彼女は仕方なしと言った風であったが簡単に事情を説明してくれた。
「──化け猫ですか?」
「ええ。この猫は此処いらじゃ長生きでしてね。化け猫なんじゃないかって噂になっているんですよ。なのにこの子ったら、餌をやったり、捨てて来いと言っても聞かなくて」
「そんな可哀相な事なんてできないよ!」
子供は猫を抱き締めたまま羅羽にしがみついている。猫は少年が自身を護ろうとしているのが分かるのか、彼の懐で大人しくしている。
「ふむ」
──化け猫ねぇ。
羅羽は自身の中でその猫への興味がふつふつと湧くのを感じ見てみたくなった。
「ねぇ、坊や。その猫をおじさんに見せてくれるかな?」
「嫌だ!」
少年は猫を取り上げられるのを恐れたのか、首をぶんぶんと左右に激しく振った。
「別に取ったりはしないよ。見せておくれ?」
しかし、羅羽がもう一度優しく言うと少年は抱渋々といった様子ではあるが、抱えた猫を彼に見せてくれた。羅羽は子供の抱える猫をじっくりと観察し、内心落胆した。
──化け猫では、ないな。
少年が抱えた猫は金毛のくりくりした枯れ葉色の瞳が愛らしい猫だった。
しかし、化け猫と特徴とも言える二股の尾はなく短く折れ曲がった尻尾があるのみである。羅羽は至って普通の猫だと判断した。
「この猫は化け猫などではありませんよ」
羅羽は親子に向かって微笑み、そう告げたが母親の方は羅羽の言葉を信じきれないのか、半信半疑の様だった。
どうすれば信じるだろうかと考えた羅羽の頭にある話が過ぎり、その話をこの親子にしてみる事にした。