花園の主 其の四
「良い案だわ……」
「そうでしょう!」
当然とばかりに花魄は自慢気だが、月は何とも表現し難い気持ちになった。
──でも、素晴らしい舞とはどの様なものかしら?
月も一応は名家の娘なので、義母から舞は手習いの一つとして習っていた。とはいえ、義母の教える舞しか知らぬため、素晴らしい舞というものが想像つかなかったのだ。
──お母様も梅も何時も褒めてばかりだけど、二人は私に甘いから判断基準にはならないわ。
月自身の周りが自身に甘いことは理解していた。唯一、正確な判断をくれそうなのは兄・篤明だけだが、彼にはまだ自身舞を見せたことが無かったのだ。
「ねぇ、その舞手はどんな舞を舞っていたの?」
困った月は花魄達に訊ねた。
「──素晴らしい舞だ。空を舞う蝶の様な。風に舞う花弁の様な……。本当に美しかった」
しかし、その問いに答えたのは意外な事に泣き声の主だったのだ。その瞬間、言葉と共に月の脳裏に見たこともない風景が浮かんだ。
──何、これ?
月の明かり照らされ舞う女。彼女が舞う度、彼女の衣装もふわりと浮き上がる。その様は本当に泣きたくなる程美しかった。
──これが素晴らしい舞というものなのね。
月はこの光景は泣き声の主が見せたものだと瞬時に理解した。きっと、その舞手が何れ程素晴らしかったのかを伝えたかったのだ。
──私に舞えるかしら?
自分が舞ったとしても酷く滑稽なものになるかもしれない。けれど、今は舞うしかないだろう。
月は意を決して、泣き声の主の前で舞い始めた。先程、見た舞手の真似をして、手を高く上げ、くるりくるりと舞う。ただ無音の中で無心に舞に集中した。
月が舞を一通り舞終わった後、泣き声は止んでいた。
「──私の舞は、どう、でしたか?」
息が切れ切れになりながら、月は泣き声の主に訊ねた。
「ふん、大した事はない」
──やっぱり、不格好だったのね。
月は少しがっかりしながらも、泣き声の主が言葉を返してくれるのが嬉しかった。
「だが、気晴らしにはなった」
「それは、良かった」
月は心からそう言った。




