花園の主 其の三
「──子峰、何処なの?」
突然、子峰の気配を見失った事に月は言い知れない不安を感じていた。それに加え直ぐ側では例のすすり泣く声が聞こえていたのだ。
──ひっくひく……
──ど、どうしたら良いのかしら? 私、幽鬼の調伏の仕方なんて知らないわ!
子峰がどうにかしてくれるという感覚で山へと入ってきただけに、肝心の子峰のいない状況に月は酷く狼狽えた。泣き声の主はすぐ近くにいるが、幸い月の事を気に留めた様子はない。ただ只管泣いている。
月はどう仕様もなく、その場に座り込んだ。そのまま、周囲の気配に神経を研ぎ澄ませ、子峰を探すが見つからない。
──良い香りだ。
近くに花でも咲いているのか、花の香りが鼻腔を刺激する。その香りを嗅いでいると少しだけ気持ちが落ち着いて来た。
このままではいけないと月は思い切って泣き声の主に訊ねた。
「──どうして泣いているの?」
──ひっくひく……
泣き声の主は泣くばかりで答えない。しかし、代わりに無数の何かが答えてくれた。
「お気に入りの舞手に振られたのよ」
「それは違うわ! きっと、儚くなってしまったの。人間は脆いから」
「そうよ! だって、また来年お会いしましょうって言っていたわ」
「人間なんて移り気よ。別の良い人を見つけたに違いないわ」
「ええと、お会いする約束をしていた方と会えなくて泣いていらっしゃる、という事かしら?」
『ええ、そうよ!!』
一斉に返事が返って来て、月はちょっと面食らってしまった。この囂しい彼女達の正体が気になった。
「ところで、貴方達は何?」
「何って? 何者って意味かしら?」
「見てわからないの?」
月が訊ねると彼女達は不思議そうに答える。どうやら月が目が見えていない事が分かっていないらしい。
「私達は花魄よ」
無数のうちの一人が自慢げに答えた。月は目隠しの下で目を丸くした。
──花魄?
花魄とは、3人以上が首吊り自殺した木に、自殺者達の生前の無念が凝り固まって誕生すると言われている木の精の一種だ。掌サイズの大きさで、肌の白い美女の姿をしているらしい。
──だけど、人語を話すなんて聞いたことがないわ。
花魄はインコに似た声で鳴くとされており、こんなに流暢に人語を操る存在ではなかったのだ。
不思議に思いつつも、一旦その事は無視することにした。現在、泣き声の主のことを聞く相手は彼女達しかいないからだ。
「ねぇ、花魄さんたち。あの方を泣き止ませるにはどうしたら良いかしら?」
「知らないわ」
「あの舞手を連れてくれば良いんじゃないかしら?」
「その舞手は何処にいるの?」
「知らないわ」
「あの方はその舞手と何処で会っていたの?」
「山の中よ」
「何処の山?」
「知らないわ」
「…………」
「もう! 知らない、知らないって!! 何かもっと良い方法はないの!?」
何度か問答を繰り返しても、最終的に「知らない」という答えになってしまう花魄。月は疲れもあってか、我慢の限界を向かえ癇癪を起こしてしまった。
──怒らせてしまったかしら?
癇癪を起こした月に花魄はぴたりとお喋りを止めた。月は花魄達の様子に顔を青くする。花魄達は彼女に向ってこう言い放った。
『じゃあ、貴女が素晴らしい舞を舞って慰めてさしあげれば良いじゃない!!』
「…………」
良い案が出た。




