花園の主 其の二
「──月、子峰の言うことをしっかり聞くんだよ」
「山道は危ないから気をつけてね」
「何か危険があれば、子峰を囮にしてでも逃げてくださいませ」
「はい、お父様、お母様。梅」
翌日、月は軽装に身を包み、山へと行く準備をしていた。養父母と乳母に当たる梅は余程心配なのか先程から何度も同じ事を言っている。月は内心は耳にたこが出来そうだった。
──許可してもらえないと思っていたけれど、言ってみるものね。
月は基本的に決められた範囲からは出てはいけないと言われている。その為、屋敷の裏にある山の中であっても今まで一度も行ったことがなかったのだ。
今回の遠出は屋敷が近く人気のない野山であるから許された事らしい。事情はどうあれ内心わくわくしていた。
「さて、泣き声のする方に案内お願いしますね。月様」
「ええ、子峰もしっかりついて来てね!」
子峰にそう言われると、何か凄い大役を任された様な気持ちになり得意気な気分となっていた。
──ひくっひく……ひくっ……
山に入ると思った通り、すすり泣く声はより大きく聞こえる様になった。
「──此方ですか?」
「ええ、前よりはっきりと聞こえるわ。子峰には聞こえない?」
「私には何も」
「そう」
──不思議ね。こんなにはっきり聞こえるのに。
月も自身の聴力が並外れている事を知ってはいるものの、他者との違いにはいまいち理解が追いついていなかった。
──ひくっひっく……
しかし、声のする方には確実に近づいており、泣き声はよりはっきりと聞こえる様になった。
──この調子なら直ぐに辿り着けそうだわ。
そうして山の中腹まで辿り着いた時、すすり泣く声の発生源を見つける事が出来たのだ。
「子峰! あの大木の方から聞こえるわ!」
月はやっと見つけた事の嬉しさの方が勝ったせいもあるのだろう思わずその大木へと向って走り出していた。
「あっ、月様! 近づいては危険……」
子峰の静止の声に慌てて足を止め、振り返って月は愕然とした。
すぐ後ろに居たはずの子峰の姿が忽然と消えていたのだ。
「子峰……?」




