花園の主 其の一
──まただわ。
何時からか、何処からか誰かのすすり泣く声が聞こえる様になった。 昼も夜も構わず、聞こえてくる。
──あんなに泣いて疲れないのかしら?
「──月様どうかなさいましたか? 訓練に身が入っていませんよ」
気も漫ろな様子に気が付いた孫子峰が訊ねた。
月は今は中庭で木刀を持って簡単な打ち合いをしていた。行動範囲の狭い月が少しでも身体を鍛えられる様にとの配慮だった。また、護身術を身に着ける為でもあった。
「誰かが泣いているの」
「泣いているですか? その声は何処から聞こえているのですか?」
月は耳を澄ませた後、「多分、あっちよ」と声のする方を指さした。
「あちらですか」
「あっちには何があるの?」
目を常に布で覆っている月であったが、何があるかは大体把握していた。しかし、完全に理解しているわけではない。
「んー、山ですね。山しかありません。幽鬼が棲み着いたのかも知れませんね。明日……、いや、今からでも見回りをしてきます」
──今から、もう日も暮れる時間なのに。
「明日でもいいのよ」
月が言うと子峰は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「月様、最近眠れていないでしょう。原因が分かれば今夜はゆっくり眠れるでしょう」
「………」
──相変わらず良く気がつく。勿体ない。
若干7歳ながら月は子峰に関心してしまう。
この子峰は昔から良く細かい事に気がつく男であった。子峰相手に隠し事をしても直ぐにバレてしまうので月は子峰だけには隠し事をしない。
また、子峰は武芸も秀でており、自身の側付きなどにしておくのは惜しいと子供ながらに感じしていた。
その夜中、物音に気が付き月は 布団から抜け出すと玄関先へ向かった。
暫くすると、戸が静かに開き山へと探索に行っていた子峰が入ってきた。
「おや、月様。起こしてしまいましたか?」
月は首を左右に振った。
「いいえ。起きていたから」
「そうでしたか。まだ、泣き声が聞こえますか?」
子峰は月の前にしゃがむと困った様な声で訊ねた。声の調子から原因が分からなかったのだと月にも察せられた。
「確かに何かの気配はするのです。せめて、具体的な場所が分かれば対処も出来ると思うのですが」
山の中を大分歩き回ったのだろう。少し疲れを含んだ声で小峰が言った。
──具体的な場所。
小峰の言葉に月はふと思い付きをそのまま言葉にしていた。
「私も一緒に行っては駄目かしら?」




