鬼の隠れ家 其の三
篤明は叔父夫婦の屋敷に着くと叔父の梁忠敏から報告を受け、その後、孫子峰と中庭の向かった。
約束通り手合わせをする為だ。
「私は槍を使いますが、篤明様は何を使いますか?」
「俺は剣を使おう」
──劉隊長は子峰は達人級の槍の使い手と言っていたな。
そんな事を思い返して、篤明は年相応にわくわくしていた。日頃、若当主として皆を統率しなければならず、気を張っている事が多かった。しかし、今は久々に童心に返っている。
「──では、行きます!」
掛け声と共に剣と槍がぶつかり合い、金属音が中庭に響く。
「くっ!!」
体格さもあり、子峰の一撃は重い。それを何とか受けたり、交わしたりしながら、篤明と子峰は剣と槍を交える。何度か打ち合った後、子峰の槍が篤明の剣を弾き飛ばした。
「……参った」
天高く舞った剣を見ながら、篤明は清々しい気持ちで言った。
「篤明様も中々の腕前です。苦戦致しました」
──これが技量の差か。実戦を離れて久しいというのに腕が落ちていないとは。流石だ。此処に置いとくのは惜しいな。
「少しは気晴らしになりましたか?」
不意にそんな事を言われ、篤明ははっとした。
「顔に出ていたか?」
訊ねると子峰は首を左右に振る。
「いえ。ですが、篤明様は当主として重責を担っておられます。その責任の重さは私には分かりかねますが、息抜きのお相手ぐらいにはなれますよ」
「また、手合わせを頼む」
「此方こそ」
──全く持って惜しい男だ。
篤明は子峰を側近の一人に出来ればとどんなに良いだろうと思うが、その考えは直ぐに振り払った。月の持つ邪眼は他に渡れば非常に危険なものである。多くの者に知られる訳にはいかず、その守役には矢張りある程度の実力者を配置する必要があった。子峰はその適任者には違いなかったのだ。
──それに、孫子峰という男に認められなければ真の主にはなれない。
孫家は奇妙な家柄だった。
皆高い能力を持ちながらも出世欲が無く高み立とうとしない。しかし、己が主と認めた者の為にだけその力の全てを尽くすのだ。決して裏切らない理想的な臣下となるのだ。
孫家と梁家の関係は篤明の祖父の代からの付き合いだが、その前は他家にいた。名家ではなかったと聞いている。
──一体、どの様にしたら主として認められるのか。
金も名声にも興味のない男に認められる術を篤明は模索するのだった。




