鬼の隠れ家 其の二
──今日は随分と遅くなってしまった。
梁篤明は通い慣れた道を早足で歩きながら、叔父叔母夫妻の家へと向かっていた。
梁家の本邸とはかなり離れた場所にひっそりと佇むその家はあまりにも質素で、仕方が無い事とは分かっていても篤明はその家を見る度胸が締め付けられる思いがしていた。
家の前に灯りが見え、人影が2つ此方へと向かって来ていた。その影を見つけ、篤明は更に足を早めた。
「子峰、何かあったのか?」
「いいや。月様が篤明様がいらっしゃると仰ったので連れて参りました」
「そうか」
「はい、兄上」
篤明は一瞬目を見開いて、月を見た。月は褒めてくれと言わんばかりだ。そういった顔は弟に似ており、愛嬌があった。
──兄上か。
この幼子は篤明の年の離れた実妹であった。公には死んだ事になっているが、叔父夫婦のもとで密かに育てられていたのだ。
篤明の脳裏にあの夜の事が有り有りと浮かぶ。阿鼻叫喚と言うに相応しいだろう。気が狂った母親の姿は今思い出しても恐ろしい。その母は今は座敷牢に軟禁されている。
──どうすべきか。
隠された包帯の下にある邪眼は今も妹の身体を蝕んでいる。救う術はない。
今年5つになったばかりの妹は幼くとも聞き分けがよく、不平不満を言わない子だった。
この殆ど軟禁にも近い生活をする中で叔父夫妻はとてもあの子を可愛がっている。叔父夫婦は永らく子に恵まれなかったので、当然だろう。甘やかし過ぎて我儘に育たないかと心配もするが、この調子なら大丈夫そうだ。
──きっと一生をこの狭い世界で終わらせる事になるのを考えれば多少の我儘は許してやらねばな。
「──篤明様」
二人と叔父夫婦の屋敷に向かいながら、不意に子峰に声を掛けられ篤明は顔を上げた。
──相変わらず背が高い。
長身の篤明より、更に背の高い子峰はかなりの大男である。
「何だ?」
怪訝な表情を浮かべた篤明に彼はにこやかに言った。
「いえね、最近訛ってまして、お時間があれば手合わせ願いたいのですが?」
彼にしては珍しい申し出だった。
「構わんが」
子峰は前当主、篤明達の父親が目を掛けていた者一人であり、腕も立つ。篤明にとっても良い訓練となる為一つ返事で返した。




