神獣の廟 其のニ
「──それでは、神獣様はあの恐ろしい『紗華の大禍』だったと……!」
女は口元を手で覆い、大いに驚いた。羅羽は慌てて首を左右に振った。
「あくまでも一説によればです。何しろ『紗華の大禍』が現れたのも、『神獣様』が現れたのも妖魔の跋扈していた時代の話ですし、全く別の存在やも知れません。先程も言いましたが、逸話や伝承は人から人へと伝わる過程で変わりますしね。誰かが関連付けただけの可能性もあります」
そう言うと女は少しほっとした様子を見せた。
いきなり自身が崇める神と恐ろしい妖魔が同じ存在であるなどと言われても中々信じる事は出来ないだろう。
また、信仰心が強い者であれば、『不尊な事を言うな!』『我々の神を冒涜するのか!』と怒りを買う場面でもある。
そういった出来事には奇々怪々を求めて各地を放浪する中で既に経験済みだった羅羽は一応相手の反応には気を付けていた。
勿論、羅羽の方は決して彼等の信仰する神を冒涜している訳ではない。彼は彼なりに彼等の崇める神を尊敬しているし、尊重もしている。
ただ、羅羽の望みは一つ。奇々怪々に触れたいという事だけなのである。
羅羽は伝承、逸話を通して奇々怪々と触れ合っているにすぎない。その過程で得た新たな発見に胸を踊らせているだけなのだ。
「私は各地で奇々怪々な話を耳にしますので、よく似た話があればその繋がりについて考えるのです」
「繋がりですか?」
首を傾げる女に羅羽は話を続けた。
「はい。『その話は何時からあるのか?』『発祥は何処なのか?』とか。人によっては不敬に感じる事もあるでしょう。ですが、その繋がりを探し求めた先で私は本当の奇々怪々に出会えるのではないかと思ってしまうのです」
話終えた羅羽が顔を上げると女は眉を八の字にして「はぁ」と気のない返事をした。
「正直学者の先生の仰る事は私には分かりません」
女の様子に羅羽は「しまった」と思ったが、女は「ですが」と続けた。
「ですが、もし神獣様について知りたいと言うのなら、この山を降りた麓の村長に尋ねると良いでしょう。村長様は物知りと有名ですし、きっと奇々怪々な話が聞けますよ。ほら、丁度雨も上がった様です」
羅羽が女の視線の先を辿ると、明り取りの窓からは陽の光が射し込んでいた。




