前座 其の一
──今尚語り継がれる紗華の大禍。
この『紗華の大禍』とは如何様なものなのか。それは今尚議論が続いている。
その姿から『黒炎鬼』──黒い炎を纏う鬼──や『天狐』──天を翔ける狐或いは狗──と異名を持つこの妖魔が現われたのは、僅か数度である。しかし、その姿は数多くの者が目撃している。
この大妖は一体何処から現れ、何処に消えたのか。
未だに多くの謎を残す存在である。
さて、この大妖が現れたのは戦乱の最中であったというのは、良く知られている話である。
先ずは、『紗華の大禍』が始めて現れたとされる話をしよう。
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紗華国では皇帝を中心とし、黄家、梁家、張家、郭家、曹家、許家、唐家、鄭家の八名家が国を支えていた。
その当時、八名家の中でも一際勢力を誇っていたのは黄家である。その黄家が勢力を持つ切っ掛けとなったのが、それまで拮抗していた梁家の弱体化であった。
八名家の均衡が崩れると黄家は反旗を翻した。
かろうじて名家の名を保っていた梁家も、戦が始まると黄家の手を逃れる為、他家を頼りながら、逃げの一手を取っていた。嘗ての勇猛果敢な姿を知っている者からすると、酷くみっともない姿に見えた事であろう。
その梁家に黄家の三千もの兵を引き連れ襲撃したのである。
幸い梁家の者は一小隊を除き他家へと避難していた為、大事は免れたのであるが、この時奇妙なことが起こったのである。
『──真っ黒な炎が上がったのさ!』
『──儂は炎を収まった後、真っ黒な獣が飛んで行くのを見たぞ!』
此れは、梁家の周辺に住む農民や狩人達の言である。
奇妙に思った者達が、梁家の周辺を探ると三千以上いた黄家の兵士達は一人残らず消え、そこにはぽっかりと何も無い空き地が残っているばかりであった。
その為、そこで何があったのかは誰も知る由もなく、去って行ったその黒い獣が三千もの兵を喰らったのだと言う話が実しやかに囁かれたのだ。




