幕間
ドォーンと銅鑼の音が響き、羅羽ははっと我に返った。
──はて、私は山奥の宿屋の書庫に居た筈では? 此処は寄席か、或いは見世物小屋か?
周囲を見渡した羅羽は自身が何処にいるのか分からなくなった。見た限りでは寄席の客席にいるようである。しかし、奇妙な事に周囲に人の気配はするものの見回しても誰もおらず、観客席には羅羽一人きり。舞台上を見れば、白い衣装を着た講談師らしき者が座っているが、不思議な事に顔が分からなかった。
「──さてさて、先程のお話が『紗華国妖魔綺譚』の始まりでぇ御座います」
講談師の声が独特の抑揚のある語り口調で告げた。すると、羅羽の頭の中にまるで見てきたかのように話の場面が浮かぶ。この奇妙な感覚に胸の高鳴りを抑えきれなくなった羅羽は講談師に向かって問い掛けた。
「先程の話は本当に紗華の時代の話なのですか!?」
「!」
羅羽が話しかけるとは思っていなかったのであろう。講談師は一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに羅羽の問に答えた。
「ええ、勿論ですとも! 正真正銘の紗華の時代の話で御座います!」
「それは素晴らしい!!」
羅羽は講談師を心から褒め称えた。すると、講談師は気を良くしたのか羅羽に向かって問い掛けた。
「お客人は紗華の時代の話に随分と御興味がおありのようですね?」
「はい! どの時代であれ不思議な話は数あれど、非常に興味深い話が多いのは妖魔が跋扈していたと言い伝えられている紗華の時代です。紗華時代の話であれば、私なんて幾ら聞いても聞き飽きません!」
羅羽が胸を張って言い切ると講談師は見えない口元を扇子で隠し、くつくつと笑った。
「それは講談師冥利に尽きるお言葉です。では、お客人には紗華の時代のお話をたんと聞かせてあげましょう」
講談師の言葉に羅羽は目を輝かせた。「ですが……」と講談師は続けた。
「紗華の時代の話は非常に多い。一体どれから話せば良いか……」
「どんな話でも大歓迎です!」と思わず答えそうになった羅羽はぐっと堪えた。此処に至る迄の目的を゙思い出したからだ。
「では、『紗華の大禍』の話を是非聞かせて頂きたい!」
「『紗華の大禍』? あの大妖の話をお望みですか?」
羅羽が期待の籠もった目で講談師を仰ぎ見ると、僅かに沈黙が落ちた。
「駄目でしょうか?」
「いいえ。ただ、少しばかり長い話になりますが、お付き合い願いますか?」
「勿論です!」
羅羽の返答に講談師は僅かに笑うと居住まいを正した。
ドォーンと再び銅鑼の音が室内に響く。
「──さてさて、お次は『紗華の大禍』! かの大妖は如何にして誕生したのか! とくと拝聴なさいませ!」




