花神
──詩人の男が題材を探しにとある山を訪れた時の話である。
野山を散策し、雪の残る山で春の息吹を感じていた男はふと丘の上に女が一人佇んでいるのに気が付いた。
人気のない山の中である。不思議に思った男は女に問いかけた。
「この様なところで何をしているのですか?」
振り返った女の顔を見て、男は息を呑んだ。その女は人とは思えない程とても美しい容姿をしていたのだ。
驚いて立ち竦む男に女はこう言った。
「私はこの山の花神で、花々が芽吹くのを待っているのです。貴方こそ此処で何をしているのですか?」
花神とはだという女は男の問う。
「私は詩をつくる題材を探しに此処までやって参りました」
男がそう言うと女は男に言った。
「では、是非貴方のつくった詩を聞きたい」
男が詩を作って贈ると女は大層喜んだ。男は嬉しくなり、それから頻繁に山へと出向き詩を作っては、女に聞かせた。
夏が終わる頃、花神は男にこう告げた。
「また花神節にお会いしましょう」
男は了承するも、男はその冬、病を得て儚くなってしまった。
花神は春になっても現れぬ男を今でも待ち続けているという。
──という感じの話だった。
うろ覚えの話を終え、皓然そっと息を吐いた。
「素敵なお話ですね!」
そう言って微笑む明鈴を見て皓然は別れ際白楽に言われた事を思い出していた。
✦✦✦
「──明鈴嬢はどんな人だ?」
花神の話をした後、白楽は唐突に尋ねてきた。ただ、その問の答えは直ぐに浮かんだ。
「言うなれば女版篤実。顔も似てるしな」
「なら、それなり顔は良いと」
篤実は母親似の童顔で、そこそこ整った顔立ちである。そんな彼に似ている彼女たちも美女というよりも可愛らしい印象の女人だ。
「年は幾つ?」
「篤実より3歳差だと聞いている」
続く問にそう答えれば、白楽はふむふむと何やら考え込んでいる。
「何だ」
「いや、俺は一つの可能性に辿り着いてしまったかも知れない」
神妙な顔で言う白楽に皓然は「何を言い出すんだ」と胡乱げな視線を送るが、彼は大真面目な顔で言い放った。
「明鈴嬢はお前の見合い相手だ!」
「何故そうなる?」
腕を組んで首を傾げる皓然に白楽は指を1本ピンと立てた。
「家柄もよく、お前に年も近い。美女ではないが、顔も悪くない。梁家は気性の荒い者が多い。きっと口の悪いお前にも耐えられる」
もっともらしく言うものだから一瞬納得しそうになったものの、後半はそこそこ失礼な事言われている。
「うちと梁家が縁を結んで何になる」
名家同士であるが、廃れた梁家と今更縁続きになっても、張家に何の利点もない。
「それぐらい胡蘭様もお前の事で頭を悩ませているって事だろう」
訳知り顔で言われ、皓然はむっとするも否定することが出来なかった。
✦✦✦
──明鈴嬢が俺の見合い相手?
「そんな事はあるまい」と思い直して明鈴を見ると彼女は何時の間にか紙と筆を出して何やら書き留めている。
「何をしているんだ?」
皓然が尋ねると彼女はその紙を見せてくれた。そこには美しい字で先程話したばかりの花神の話が書き留められていた。
「此れは先程聞いた話を忘れぬように書き留めているのですよ」
そう言って微笑む彼女を見て、皓然は嫌な予感が走った。
「また、お話聞かせて下さいね!」
「…………」
にこにこと微笑む彼女に唖然としながら、脳裏に白楽の言葉が過る。
『──鼬の出現は凶事の前触れとも言う、気を付けろよ』




