梁家の武人 其の三
「──そんな事があってね。礼をしようにも彼の本名も分からないし、自身の失態もあって探す事も出来なかった」
彼が梁明月という名であるのと知ったのは、そのずっと後の妖魔討戦での事だった。劉将軍が負傷し、代わりに指揮を取り無事帰還した事で彼の名声が一気に広まったのだ。そのお陰か劉将軍の彼への信頼は篤い。
同時に彼が元々索敵や後方支援組であると知ったらしい。表に出で来ない訳である。
清孝の話を何とも言えない顔で皓然と白楽は聞いていた。
「でも、成る程と思ったよ。何処となく雰囲気が篤明殿に似ていたからね」
「似ていますか!?」
皓然が驚きを顕にすると、清孝は苦笑した。
篤明は篤実の実兄で梁家の前当主である。彼は大柄で威厳があった。一方の梁明月は小柄で物静かな印象でとても似ているとは思えなかったのだ。
「済まない、長話になってしまったね」
清孝は空を見上げ言った。日が傾き始めていた。
「明鈴嬢の見舞いに行くのだろう? 私からも宜しくと伝えておいてくれないかな?」
「……はい」
清孝はそう言い残すと屋敷へと入って行った。その背を見送った後、皓然は深い溜め息を吐いた。
「どうした?」
白楽は不思議そうに皓然の顔を覗き込んだ。きっと彼の目には疲れ切った皓然の顔が映っているだろう。
「何かどんどん逃げ道を塞がれている様な気がしてな」
「そんなに明鈴嬢に会うのが嫌なのか?」
「嫌なのか?」と問われても別段「嫌だ」という感情は湧かない。
──だというのに何故、追い詰められる獲物の様な心持ちがするのだろうか?
という一点について釈然としないのだ。
──何か大きな獣と対じしている様な……、馬鹿げている。相手は病弱な女人だ。
其処まで考えてその考えは直ぐに振り払った。余りに突拍子もない考えだったからだ。
「──白楽」
「な、何だ」
じとりとした目を白楽に向けると、珍しくたじろいだ。余程酷い顔をしていたらしい。
「お前が言っていた人間と花神の悲恋の話も次いでに聞かせてくれ。話は多い方が良いだろう」
「お、おぅ」
郭家の敷地を出るまでの間、項垂れながらも皓然は白楽の話に耳を傾けていた。




