地主の依頼 其の四
「──おい、待て。何だこの報告書は! 討伐出来ていないじゃないか!」
「確かに。郭家の門弟は優秀ってのは取り消しだな!」
報告書を読み終えた皓然が納得いかないとばかりに眉間に皺を寄せて言い放った。白楽も誂い口調だが同意する。
「その後、林氏の屋敷では奇怪な出来事は起きていない。一先ずは様子見といった状態だ」
嘆息する清海に皓然と白楽は顔を見合わせた。
「何か、あったのか?」
「林氏の希望でもある」
白楽が清海に尋ねるとそう言って、子細を説明してくれた。
✦✦✦
──化け猫が去った後、林氏は温順と一念を屋敷の中に招き入れた。そこには傷だらけの男が三人、ぶるぶると身を震わせていた。
「この方達は?」
「周家のお嬢様を拐おうとした者達でしょう」
温順が尋ねると林氏は温度のない声でそう答えた。
──周家の娘を拐おうとした破落戸が何故この屋敷にいる?
状況の呑み込めない温順と一念に林氏は彼等が到着する迄の間にあったことを説明した。
二人が到着する少し前、何時もの様にガリガリと壁を引っ掻く音が聞こえ始めた。同時に扉を激しく叩く者がいた。林氏が恐る恐る扉を開けてみれば、傷だらけの男達が転がり込んで来たそうだ。
その男達に林氏は見覚えはなかったが、彼の息子は反応は違った。「何故、此処に来たのか!」そう言って彼等を怒鳴りつけた息子に対し、彼らはこう言った。
『化け物に襲われた、死んだ使用人の仕業に違いない!』
その瞬間、林氏は最近流れている噂──『亡くなった使用人は濡れ衣を着せられたのだ。周家の娘を拐おうとしたのは林家の後継ぎだ』──を思い出し、はっとした。
林氏は息子に詰め寄ろうとしたが、それよりも先に息子は斧を片手に門を飛び出し、化け猫に殺された。
「──では、あの化け猫の狙いは最初から御子息だったということですか?」
「恐らくは。私は郭家で周家に密告した者がいたと説明しましたよね? 実はそれは私の息子だったのです」
「なっ!!」
一念が驚きを顕にすると、林氏は自嘲の笑みを浮かべた。
「私の息子は碌でなしではありましたが、私にとってはたった一人の大切な息子です。流石にそんな事をする筈がない。私はそう思いました。思いたかった。なんて、愚かなのでしょう。結局、私は息子を失ってしまった」
林氏は涙ぐみながら続けた。
「あの猫を見た時、私は悟ったのです。あの猫は仇を討ちに来たのだと」
「何故、ですか?」
温順が尋ねる。
「亡くなった使用人には病持ちの母親がいました。彼女が亡骸の側で言っていたのです」
──『ああ! 何故、こんな、こんな優しい子が、酷い目に遭わなければならないの! 猫よ! お前はこの子に恩義があるだろう? どうか、どうか病で満足に動けぬこの私の代わりに仇を! 仇を討って!!』
その時、側にいた猫は一声「ニャア」と鳴いたのだ。まるで、母親に答えるように。
「亡くなった使用人の母君は?」
一念が恐る恐る尋ねた。
「その後、彼女も直ぐに亡くなりました。自害したのです」
温順と一念は言葉を失った。
そんな二人に林氏は向き直って頭を深々と下げて言った。
「お二方、本日は有難う御座いました。御礼はきちんと致します。ですが、もし、あの猫が戻って来て私を襲っても、私を助けないで下さい」
「お願いします」そう言ってもう一度頭を下げる林氏に二人は何も言えなかった。
──後日、林氏は周家に事実を話し、亡くなった使用人とその母親を丁重に弔ったそうだ。




