地主の依頼 其の三
──一週間後の夕刻
「──全く何でこんなに遅くなった!?」
「今はそんな事を言っている暇はありません。急ぎましょう」
二人の門弟・郭温順と郭一念はただ只管に山道を駆けていた。本来ならば、林氏の屋敷にとっくに着いていてもおかしくない刻限である。
郭家から西伊州にある林氏の屋敷は比較的近く、徒歩で1日半、遅くとも2日もあれば十分に辿り着ける距離であった。
勿論、二人は当日の昼には到着出来るように十分に余裕を持って郭家を出発した。しかし、未だ林氏の屋敷に辿り着いていなかった。
それは何故か。
林氏の屋敷に向かう途中の山で崖崩れがあったのだ。しかも、山の中腹である。その為、二人は一旦山道を引き返し、迂回する形で林氏の屋敷へと向かう事となったのだ。
「もう少し早く出発していれば……!」
「それは私も同意します!」
とは言いつつも、自然災害に関しては二人には同仕様もなかった。
途中出会った村人に尋ねれば、崖崩れは数日前に起こったらしく、人通りの少ない道であった為、幸い巻き込まれた者はいないとの事だった。
「──漸く麓が見えてきましたよ!」
只管走り続け、山の麓が見える頃にはとっくに日も暮れて、月が高く登っていた。
「──ぎゃあああ!!」
林氏の屋敷へと近付いた頃、二人の耳に男の凄まじい悲鳴が届いた。
──何事だ!?
悲鳴は林氏の屋敷の方から聞こえる。温順と一念は顔を見合わせ、更に林氏の屋敷へと急いだ。
そこで温順と一念は目を瞠った。屋敷の前には呆然と立ち尽くす林氏とその側に血だらけの男が倒れていたのだ。
「林さん! ご無事ですか!?」
温順が慌てて林氏の無事を確かめる為声を掛けるが、彼は一点を見つめている。
──ウァアアア!!!
その視線の先には低い唸り声と金色に光る一対目があった。
──下男の一人は巨大な眼を見たと言っていた。妖魔の眼だったか……!
月明かりで照らされた妖魔の姿は、虎に似ていたがそれよりも一回り大きく、何より特徴的なのは二股に分かれた長い尾だ。それだけで温順と一念にはそれが何か理解出来た。
──化け猫か!
鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げる化け猫は林氏に向って鋭い爪を大きく振り被った。その爪に付着していたのだろう倒れた男のものと思われる血が飛び散った。
──キィイン!!
一念は剣を抜き、化け猫の爪を受け止める。その隙に温順が化け猫の脚へと斬りかかった。温順の剣は猫の脚を切り裂いたが、致命傷とはならなかった。
猫は激しい悲鳴を上げ、片脚を引き摺りながらも逃げて行った。
「林さん! 怪我は……」
「……すまなかった、本当に、すまなかった」
温順が林氏へと駆け寄るも、彼は猫の逃げて行った方に向かい譫言のようにそう呟いていた。




