神獣の廟 其の一
「──『紗華の大禍』ですか……。この地方の有名な伝承ですね」
羅羽は話の余韻に浸りながら、女に言った。
「はい。物知らずですので、この様な話しか知らず……申し訳ありません」
話し終わった女が恥ずかしそうに俯くが、羅羽は首を左右に振った。
「いいえ。貴女の語りはまるで講談師の様で思わず聴き惚れてしまいした」
羅羽が本心からそう言うと女は嬉しそうに微笑んだ。
「それに伝承というものは口伝が多いですからね。人伝に伝わる過程で変わる事も多い。同じ話でも様々な人から聞く事で新たな発見があるものです」
「まあ、そうなのですね。そう言って頂けると話したかいがありますわ」
女は目を丸くして、感心する。女の警戒が少し解けたようなので、この廟について少し尋ねてみた。
「──ところで、この廟は何を祀っているのですか?」
「神獣様ですわ」
「神獣? それは珍しい」
羅羽は廟の中を見回した。確かに廟の中央に神獣と思しき獣の像がある。
「これはもしや……!」
「どうなさいました?」
その像を見て、羅羽はそれが自身の目的のものであると気が付いた。
「実は私がこの地を訪れたのはこの神獣様の伝承を聞いたからなのです」
「まぁ! それはもしかすると神獣様のお導きかもしれませんね」
興奮気味に話す羅羽に女は口元に手を当てて驚いた。そして、羅羽の聞いた伝承に興味が湧いたのだろう。
「雨もまだ止みませんし、どのような伝承をお聞きになったか、伺ってもよろしいですか?」
「勿論」
羅羽は女の方を向いて座り直し、この地を訪れるにあたって聞いた伝承を語り始めた。
「実は『紗華の大禍』にはこんな話が在りまして──」
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恐ろしい妖魔『紗華の大禍』であったが、実はこの話にはこんな続きがあった──。
──遙か昔、妖魔山と呼ばれる妖魔の跋扈する山があった。時折聞こえてくる妖魔の咆哮にその麓に住む人々常に妖魔に怯えて暮らしていた。
そんなある日、夜空から黒い獣が舞い降りたのだ。
人々は山から妖魔が降りてきて村を滅ぼされるのではないかと恐れ慄いた。
しかし、それは違った。
その獣は人語を解し、村人達に語りかけた。
「村人達よ、我の話を良く聴け。我は今よりこの妖魔山の主となる。我の庇護が欲しくば、此処に我を祀る祠を建てよ」
獣はそれだけ言い置くと妖魔山へと飛び去って行った。
村人達は大慌てで、その獣を祀る祠を建てた。獣の言に従わず、万が一にもその怒りに触れる事を恐れたからだ。
その祠が出来る頃、妖魔山から度々聞こえていた妖魔の咆哮が全く聞こえなくなった。そして、祠を建て、その獣を祀ったおかげかそれ以降村人は妖魔に襲われる事もめっきり減ったという。
村人はその獣に感謝し、その後も神獣として崇めたのだ。