地主の依頼 其の一
秋分を少し過ぎた頃、一人の男が郭家を訪れた。その時、清海は別の依頼でおらず、応対したのは、老師と門弟達である。
男は西伊州の大地主・林業成であった。客間に通された彼は沈んだ顔で次の様なことを話した。
──それが最初に起こったのは、一月程前の事。
深夜、屋敷の見回りをしていた下男が、ガリガリと壁を引っ掻く様な音を聞いたそうです。
──野生の動物か何かが壁を引っ掻いているのだろう。
我が家は山の側にあり、山から下りてきた動物が迷い込む事がままありました。今回も動物の仕業だろうと考えた下男が追い払う為に松明片手に音のする方へと近づいてみたのです。
すると、音は塀の外からしているようでした。
下男は塀を叩き、音の主を追い払おうとしましたが、音は止む気配がありません。不思議に思った下男は僅かに空いた壁の隙間から覗いて見ると巨大な目が此方をじっと見ていたそうです。
驚いた下男はそのまま気を失い、翌朝、気を失って倒れているところを別の下男に発見されたのです。
その下男は屋敷の使用人の中で一等気の弱い男だったので、私も他の使用人達も何かを見間違えたのだろうと思っていました。
しかし、その日から壁をガリガリと引っ掻く音が夜な夜な聞こえる様になったのです。
「──音が聞こえる以外に何かありましたか? 危害を加えられるとか?」
林氏の話を聞き終わると、郭家の門弟の一人・郭温順が尋ねた。すると、林氏は首を左右振った。
「いいえ。ですが、屋敷の使用人達が恐れています。暇を出す者もおり相談に参りました」
「その様な事が起こり始めた切っ掛けに心当りはありませんか?」
老師の問いに林氏は一瞬渋い顔をしつつも答えた。
「二ヶ月前、使用人が一人亡くなりました」
「その方はどうして亡くなられたのでしょうか?」
林氏は逡巡する。答え難いのだろう。しかし、この件の解決の糸口になるかもしれない事であるので、出来れば答えて貰いたい。
「他言は致しません」
温順が穏やかな声と表情で促すと林氏は口を開いた。
「その、豪族の娘を拐かそうとした罪で嬲り殺されたのです」
林氏の言葉に郭家の門弟達は言葉を失った。
「──では、その使用人の霊が夜な夜な現れて壁を引っ掻いているのではありませんか?」
「それなら、何故林氏の屋敷に現れる? 普通その者を殺した相手のところに現れるだろう」
「それに亡くなってから二ヶ月も経っている。今更現れるのは妙だろう」
門弟の一人が口火を切ると、他の門弟達も口々に意見を言うが、もっともらしい意見は出ない。温順が林氏の方を向いて尋ねた。
「仮定ですが、その音の正体が亡くなった使用人の霊魂だとすると、何か貴方に伝えたい事があるのかも知れません。お心当たりはありませんか?」
「いえ。ただ、私が知る限り彼は悪事を働く様な人間ではありませんでした」
門弟達は顔を見合わせた。
──濡れ衣を着せられ、何かを訴える為に現れている?
それが林氏の話を聞く限りの門弟達の印象であった。