鼬 其の二
「ずっとあの様子なのか?」
皓然は視線を鼬に向けたまま近くの衛兵に尋ねた。
「はい。発見した当初からあの様に手当たり次第暴れています。何時も通り山へ追い返そうとしたのですが、反撃に゙合いました」
「ふむ」
皓然は顎に手を当てて考える。その間も鼬は奇声を上げながら、木や枝にぶつかっている。その背には衛兵が放ったのだろう矢が数本刺さっており、そこから夥しい血が流れていた。
──妖魔同士で争い負傷したものが、山から下りてきたのか? だとしたら、何処か安全な場所に身を隠しそうなものだが、あの興奮状態は何だ?
「あの妖魔、見つけた時負傷していたか?」
「いいえ、目立った外傷は見られませんでした。ただ、酷く興奮している状態だったとの事です」
皓然の質問に衛兵は首を左右に振った。負傷していて気が立っていたというのならば、一般的な野生の獣でも十分の有り得る事だったが、外傷がなかったのならば、その線は薄いだろう。
「何かあの妖魔を刺激する何かがあったという事か」
「恐らくは」
衛兵から報告を聞いてもいまいち釈然としない。
「もう少しあの妖魔を近くで見たい」
「危険です!」
皓然は衛兵の静止を聞かず、更に鼬に近づいた。
尚も暴れている鼬の動きは徐々にだが、鈍くなっている。恐らく出血が影響してきているのだろう。
草木の影から皓然は鼬を見れば、鼬の目は血走っており焦点があっていない。また、口からは涎を垂らしており、正気を失っている様だった。
──毒、か?
そんな考えが浮かび、皓然は直ぐにその考えを打ち消した。妖魔に効く毒とはかなり強力な毒である。恐らくは他の妖魔による毒である可能性が高い。
しかし、皓然を含め数代に渡ってこの千頂山の管理を行っているが、そんな毒性のある妖魔の話など聞いた事がなかった。
──新たな妖魔が出現したか?
毒を持つ新たな妖魔の出現。考えたくはないが、全く考えられない話ではなかった。それ程、妖魔という存在は不可思議でその発生、生態に関して不明な点が多かったからだ。
「張当主、どうなさいますか?」
衛兵に尋ねられ、皓然は暫し考えを巡らせた。
「弓が得意な者を集めろ」




