鼬 其の一
「──話、と一口に言っても、一体何を話せば良いのだ?」
明鈴の最後の一押しで屈した皓然は暫くして顔を上げ、篤実にじとっとした視線を送った。
詩や水墨画等雅やかなものを好む篤実と違い、一応の嗜みはあるものの武芸一筋の皓然には女人が好みそうなものがてんで分からなかったのだ。
そんな皓然に篤実は優雅に微笑んで言った。
「丁度、良い話があるじゃないか」
「何のことだ?」
心当りのない皓然は首を傾げるが、篤実は胸を張って答えた。
「妖魔討伐さ! 最近、千頂山に現れたを妖魔討伐したんだろう?」
──そんなので良いのか?
怪訝な表情をしながらも、他に思いつかない皓然は先ずは試しと話し始めた。
✦✦✦
──5日前
報告を受けた皓然は直ぐ様、馬に飛び乗り千頂山の麓にある兵の詰め所へと向かった。
そこには負傷した衛兵が数名手当を受けていた。傷口は深々と皮膚が抉られ痛々しい。衛兵が身に着けていたと思われる防具には獣の爪らしき跡がくっきりと残っていた。
「──張当主!」
皓然の姿に気付いた詰め所の衛兵達は喜色を浮かべた。
「妖魔はどうなった?」
近場にいた衛兵に皓然が尋ねると尋ねられた衛兵は表情を引き締め答えた。
「はっ、人里には近付いておりませんが、まだ山の中で暴れています」
「暴れている?」
皓然は眉を顰めた。
──酷く興奮した状態なのか?
「酷く暴れて手がつけられませんので、衛兵を配備し見張らせています。ただ、少々様子がおかしいのです」
皓然はその妖魔のもとに案内させた。近づくにつれて遠くからも妖魔の咆哮が聞こえていた。
ぎりぎり見える場所までやって来ると遠目に妖魔の姿が見えた。
その妖魔は小さな頭に長い胴、短い手脚を持っていた。その姿を見て、皓然はそれが何か直ぐに理解することが出来た。
──鼬か!
鼬と言っても妖魔であるので、普通の鼬よりも大きく人の背丈程。その凶暴さ、危険性は知られており、また人に化ける事を得意としている分は衛兵達が梃子摺る相手であるのは察せられた。
しかし、今暴れている鼬は得意の変化はしておらず、ただ只管に暴れているだけの様だった。
──何だ?
皓然は違和感を感じ眉間に皺を寄せた。