針子姫 其の三
──一週間後
「──全く着物一つ仕立てるのがこんなに面倒だとは」
皓然は文を認めながらひとりごちた。
針子姫の頼みを安易に承諾したことを後悔していた。
彼女の頼みは叔母の採寸──それも叔母自身に嫌がられ侍女に任せた──だけではなかったのだ。
採寸を終わらせ、さあ、手紙を認めて後は着物が出来るのを待つだけと思っていたのだが、針子姫の頼みは更に続いた。
生地の好みの色、刺繍糸の色に合わせる髪飾り等々、針子姫は叔母の好みを事細かに聞いてきたのだ。
その都度、皓然は叔母と針子姫の間、手紙を交互にやり取りしていたのだが、皓然も当主だけあって暇ではない。
──次は断ってやる!
と思い叔母への文に断りの文言を認めた。だが、叔母から返って来たのはには「罰として与えたのだから、着物が出来るまできちんと針子姫とやり取りしなさい」との言葉である。
叔母相手に断れないと悟った皓然は今度は針子姫に断りの文を認めた。しかし、針子姫は針子姫で他人の自尊心を擽るのが上手いらしく、その言い分にまんまと言い包められてしまうのだ。
面倒ではあるが、着物が完成するまでの間だと、皓然は自身に言い聞かせ、どうにか針子姫の頼みをこなしていた。
その甲斐あってか二月後には何とか叔母の着物は完成した。
──此れでやっと面倒なやり取りから開放される!
針子姫から着物が出来たと連絡を貰い、意気揚々とその着物を取りに行こうとしていた頃、皓然のもとにとある報せが届いた。
「──千頂山で妖魔が暴れているだと?」
皓然は眉を顰めた。
千頂山とはその名の通り、幾つもの山が一列に連なり、千の頂きがあるように見える事から名付けられた山脈である。皓然の家・張家の領地に近い山で、武人や修験者達が訓練に良く使用している山でもあった。
「あの周辺には衛兵を配備しているだろう? 衛兵達は何をしている?」
千頂山には元より妖魔が生息しており、周辺に衛兵を配備し常に見回りを行っていた。
ただ妖魔が棲んでいると言っても、基本山奥におり、滅多なことでは出てこない。たまに逸れものが出てくる程度だが、それも衛兵達で十分対処出来ていた。張家当主である皓然に報告が上がる事態は珍しかったのだ。
「それがっ、何時もと様子が違う様でして、衛兵達が苦戦しているのですっ」
皓然に睨まれた兵士は声を上擦らせながらも報告を伝える。その内容から皓然にも火急を要す事は直ぐに察せられた。
「直ぐに向かう。お前は先に戻り、妖魔を出来るだけ人里に近づけるなと伝えよ」
「はっ!」
走り去る兵士の背を見ながら、皓然はちっと舌打ちをし、手早く針子姫への文を認めた。




