宮中の奇病 其の二
「私に頼み事ですか?」
──一体何を頼もうと言うのだろう?
七名家が手を拱いている案件に俊宇は自身が役立てる事など思いつかなかった。
「ええ」
しかし、桂は非常に真剣な顔で頷いた。
「貴方に囮になって頂きたい」
「囮ですって?」
俊宇は目を見開いた。
「はい、危険なのは重々承知の上で依頼しています。お断りいただいても貴方に不利益はありません。もし引き受けて頂けるなら、身の安全はできる限り保障します。それでも危険な事はかわりありませんが」
──この張桂は最初からそれが目的だったのか!
良家の子息が態々何処の馬の骨か分からない自分を家に招き入れた事にはそれなりに理由があったのだ。
俊宇は納得すると同時に胸が痛くなった。
俊宇に対して桂が親切だったからだ。その理由が分かり少し傷ついたのだ。
「考える時間が必要でしょう。答えが決まるまでこの家に滞在して頂いて構いません」
黙り込んだ俊宇に桂はそう声をかけた。そして、立ち上がろうとした時、俊宇はその裾を掴んでいた。
「何故、私、なのですか?」
俊宇は桂に問う。
「俊宇さんは到着早々都の異変について彼方此方に聞いて回っていましたよね。きっと相手方も貴方に目をつけたでしょう」
「それは分かります。でも、それは私に限った事ではないと思うのです」
もし、田舎から出てきたばかりのものが不穏な噂を知れば、当然周囲に聞いて回るだろう。
「そうですね。ですが、その噂は都の手前の町でも尋ねる事が出来たでしょう? でも、貴方は都にやって来た。不穏な噂のある都にやって来るのは、元々都に住んでいる者や都に用事がある者──行商人などですね。それ以外は手柄を立てようとやって来た者です」
桂は俊宇の顔の前で指を一本ずつ伸ばす。
「ですが、貴方はそれのどれにも当てはまらない。強いて言うなら3番目ですが、手柄を立てるためだけに無鉄砲な行動を取る人とも思えませんでした。だから、依頼するなら貴方だと思ったのです」
桂は手を引っ込めた。
「これは私の一方的な考えです。敵がどんな相手なのか、現段階で何も分かっていないのです。依頼した私が言うのも変な話ですが、よく考えてお決めになって下さい」
桂は一礼して部屋を出て行った。俊宇は一人途方に暮れていた。




