宮中の奇病 其の一
「──これはまた珍妙な……」
最初にその患者を見た医官は顔を顰めた。彼の膝には人によく似た瘤が出来ていたのだ。
彼──宮中の宦官──は数日前に膝を誤って刃物で傷つけてしまったのだという。
「傷自体は大したことが無く痛みは有りませんが、腫れて徐々に人の顔の様になって来ています。それが不気味で……」
「うむ。傷が悪化して化膿したのかもしれん。傷薬を出しておこう」
その時の医官は不気味だと思いつつも偶々人の顔に見えるだけだと判断し、傷薬を渡して彼を帰らせた。
しかし、その数日後、次は別の宦官が同様の症状で医務局を訪れたのであった。その数日後には宮中の女官が同様の症状を訴えた。
その人数は日増しに増えていき、その奇妙な病の患者はあっと言う間に宮中内に広がっていったのだ。
更に医官達を困惑させたのは、その奇病が広がった後、なんとその人面の様な瘤が話し始めたというものまで現れたのだ。
そうなって来るともう医官達は自身の手には負えないと判断し、名家に調査を依頼した。
そこで名乗りを上げたのは七名家の符術を専門とする鄭家だ。皇帝はこの申出を了承し、鄭家はこの奇病の真相の究明を託されたのであった。
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「──それで真相は!? 何だっのですか!!?」
身を乗り出した俊宇に桂は肩を竦めて「分かりません」と答えた。
「調査に入った鄭家の者が失踪してしまったのです」
俊宇は目を見開いた。
「失踪ですって!? 宮中は皇帝のお膝元でしょう!?」
「ええ、ですから既に何者かが宮中内に潜り込んでいて暗躍しているのではないかと」
「そんな! でっ、では、他の七名家は動かないのですか?」
俊宇の問に桂は眉尻を下げ、声を潜めた。
「動こうにも皇帝がご乱心されたようで……。鄭家が宮中を呪ったのではと言い出して、手が出せないのです」
「そんな状態に……」
俊宇は桂の口から語られる事実に驚愕する。
「鄭家の当主は投獄され、行方知れずの鄭家も者も死体すら発見されていません。それに加えて、宮中を調べると言い出した者は皆軒並み消息を絶っているのです」
桂の言葉に俊宇は顔を青ざめさせた。
──まるで昨日の私の様なものではないか!
「ですから、七名家の者、だけではありませんが、は常に複数人で行動し、些細な事でも取っ掛かりを掴もうとしているのです」
俊宇はその場で立ち上がった。
「で、出ていきます! 私が居ては張家の迷惑になります!」
「落ち着いて! 座って下さい。話はまだ終わっていません」
「話?」
「ええ、一つ貴方にお願いしたい事があります」
居住まいを正した桂は俊宇を真っ直ぐに見ていた。




