夢現
「──あらあら、しぶといのねぇ」
誰か──声からして女だろう──がくすくすと笑っている。身の毛がよだつ様な冷たい笑い声だった。
周囲は真っ暗で赤い灯火がゆらゆらと揺れている。灯りが周囲を照らしてはいるが、女の顔は影になって認識出来なかった。
──この女を相手にしてはいけない!!
本能的にそう感じたが、逃げようにもその時既に私はその場から動けなくなっていた。何とか身体動かそうとしたが、指一本動かせない。
気付けば、背中がびっしょりと濡れている。鼻をつく鉄錆の匂い。
──血? 誰の?
それが自身のものであると理解するにはそう時間はかからなかった。
私は冷たい石畳の上に横たわっていたのだ。無数の刃は私に刺さったままだ。その場所からは夥しい血が流れ出ている。
周囲には人の気配はない。しかし、人とは違う何かの黒い影が蠢いている。
流れ出す血が少しずつ身体の体温を奪っていく。追い打ちをかける様に雪がチラチラと降り始めた。
──私は、死ぬのか? こんなところで?
私は薄れ行く意識の中で死の足音をひしひしと感じていた。
✧✧✧
「──よく休めましたか!?」
早朝、よく通る声に俊宇は叩き起こされた。全身びっしょりと汗をかいており、身体は酷く重かった。
「おや、お疲れのようですね? 昨夜はよく眠れませんでしたか?」
声の主──この屋敷の若君張桂は俊宇と対称的に元気一杯である。
「いえ、夢見が悪かっただけです」
重たい身体を起こしながら、俊宇は掠れた声で答えた。
「夢見が? どの様な夢をみたのですか?」
桂に問われ、俊宇は夢の内容を思い出そうとした。しかし、どういう理由か何も思い出せなかった。ただ後味の悪さだけが残っている。
「忘れました」
俊宇は素直にそう答えると桂はにっこりと微笑んだ。
「そうですか? 良かったではないですか! 悪い夢は忘れてしまった方が良いですよ! ですが、あまり夢見が悪いようであれば獏の絵がありますから貸しますよ!」
そう言って桂は俊宇を布団から引っ張り上げた。
──強引だなあ……。
俊宇は桂に対してその様に感じたが、少しばかり気が楽になったので彼に引っ張られるまま食堂へと向かった。
寝起きそのままで向かったせいで、彼の父親には白い目で見られたのは言うまでもない。




