苦戦
「──じゃあ俺は此処でっと」
「おい、待て」
「ヒィィ!!」
俊宇はそっと去ろうとする丹の首根っこを引っ掴んで引き止めた。丹は情けない悲鳴を上げる。
「まだ私に言っていないことはないか?」
「ないないない! もう俺の知る限りの事は話したって!!」
ぶんぶんと激しく首を振る丹に俊宇は呆れて手を離す。すると彼はあっと言う間に走り去ってしまった。
丹が走り去った方向に溜め息を吐くと俊宇は自らの頬を叩いて気持ちを切り替えた。
──一先ず、情報収集をせねば!
幸い町の彼方此方に道士や名家の門派の者がいる為話を聞く相手には事欠かないだろう。
──そう思っていたのは数刻前までだった。都中心部の川辺りで俊宇は一人項垂れていた。
──宮中の話を尋ねてもまともな話が聞けないなんて!
無下にされるという感じではなく、相手も少々困惑しているようだった。また、宮中内の話までは正確には分からないというのが実情らしい。
そうでないものは競争相手と見做しているのか、矢鱈と攻撃的だった。
試しに都のものに尋ねてみたが、ハッキリとしない噂話──丹が言っていたような妖魔の話もその中に含まれていた──は数多く多く聞けたのだが、どうも信憑性に欠ける。
「お兄さん、お兄さん! 霊験あらたかな御札は要らんかね!」
「御札?」
一人の商人に呼び止められ、俊宇は足を止めた。
「かの神獣様の力の宿った有難あい御札さ! 願えば何でも叶う代物だ!!」
俊宇は物珍しさもあり、ふらふらと商人に近づいた。
──神獣様の御札ねぇ。そんなに有難いものを何故商人が売っているのか……。
俊宇は商人の男を見ると彼は愛想良く微笑む。何処からどう見ても彼は修験者や僧侶、道士では無く、ただの商人だ。
「──ちょっとおじさん? 旅の方を騙してはいけませんよ」
「ひえっ、坊っちゃん! 騙すなんて人聞きの悪いこと言わんでくださいよ!」
振り返れば、俊宇と同年代の少年が立っていた。品の良い少年で良家の子息なのは一目瞭然だった、
この商人とも顔見知りなのか、商人の方は彼を見て少し萎縮しているようだった。
「──神獣様の御札に興味がお有りで?」
「ええ、まぁ」
俊宇は曖昧に返事をした。ほんの少し見てみるだけのつもりだったので、どのように答えれば良いか分からなかったのだ。
彼は俊宇の様子を特に気にする訳でもなく、更に質問を重ねる。
「都には初めて?」
「ええ。今日到着いたしました。到着したところ、宮中で流行り病が流行っていると聞き、道行く方に尋ねてみましたが聞けるのは奇妙な噂ばかりで……」
「ああ、成程。それはさぞかし驚かれたでしょう。手前の町で噂話は聞かなかったのですか?」
そう言われ俊宇ははっとした。
あの不審な占い師に気を取られて必要な情報を集める事を失念していた事に気が付き、俊宇はがっくりと肩を落とした。




