和尚の不運 其の五
「──という事だそうですよ」
半夏が部屋から退出した後、枯木は隣の部屋で隠れて聞いていた岩徳和尚に声を掛けた。
「夢に祠。それに獣」
眉間に皺を寄せ、厳めしい顔で入って来た岩徳和尚を見た枯木に一抹の不安が過る。
「もしや余程、厄介な相手ですか?」
「厄介どころではないわい! あの半夏は元々妖峰山の麓にある村の出身だ。その村が祀っている神と言えば……分かるな?」
その説明だけで僧侶ではない枯木にも理解出来た。妖峰山の麓にある村が祀る神など一つしかないからだ。
「神獣様か!」
「全くあの妖魔蔓延る山を支配し、今尚着々と信者を増やし続けている化け物が厄介ではないわけないだろう?」
「化け物って、酷い言い草ですね。相手は仮にも神でしょう?」
「医者の言う通りだ。和尚は酷いことを言う」
「あんなものが神などと……?」
突然割り込んだ声に岩徳和尚と枯木は顔を見合わせた。部屋には岩徳和尚と枯木しかいない。
「和尚も少しは頭が冷えた頃だろうと思って見に来たぞ。今回はこれで許してやるが、今の座に胡座をかかず精々精進しろよ!」
そう言うと姿の見えない声は笑いながら去って行った。
「──何なんだ!!」
残され岩徳和尚は激しい怒りを顕にしていたという。
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「──という事があったのです」
「そ、それは大変でしたね」
──神獣様、何をしているのですか……?
俊宇は冷や汗をかいていた。そして、敵に回してはいけないと再確認をした。
「何故その話を私に?」
「岩徳和尚は口下手で、今回の事があってからそれではいけないと日々精進をしているという説明の為ですね」
──なんというか、真面目な方だなぁ。
俊宇は素直に感心した。
「おかげで小坊主達との関係も改善はしてきているようでね。前より接しやすくなったと言っているよ。ほんの少しだけど」
そう言って枯木は笑っている。
「こんな事であんな化け物に目を付けられるとはついていない!」
そう吐き捨てる岩徳和尚に俊宇は引っ掛かりを覚えて尋ねる。
「岩徳和尚は神獣様がお嫌いで?」
「嫌い、などという感情的なものでは断じてない。あれは得体がしれん。知恵と力のあるものが突然現れて人を救うなど物語の中だけだ。何かしら我らに理解できぬ目的があるのやもしれん」
「私は何だって良いですけどねえ。目的があろうとなかろうと。そのおかげで多くの者が救われるのであれば」
枯木は長くこの地で医者をしており、神獣様が現れる以前は妖魔に襲われ亡くなる者を多く見て来たそうだ。
「ふん。信仰は人の自由だ。代償を取られねば良いがな」
それだけ言うと腕を組んで黙り込む。話が一段落したのを見計らって俊宇は元より気になっていた事を尋ねた。
「実は私も少しお聞きしたい事がありまして。都で何か起きているのですか?」
俊宇の問に岩徳和尚が訝しむ。
「何故そう思うのだ?」
「先程、小坊主さん達が口走っておりましたので。それに都絡みで奇妙な話も耳にしました」
そう問われた俊宇は、敢えて霊狐の話はせずに道中で都に異変が起きているという話を聞いたと話した。
「全く彼奴等。正直なところは分からん。だが、確かにきな臭いのは確かだ」
「俊宇殿は都に行かれるので?」
「各地を巡ろうと考えていました。この際都に向かうのも良いかもしれません」
「……そうか。なら、気を付けなさい」
岩徳和尚は難しい顔をしていたが、それだけ言った。
日も暮れていた事もあり、俊宇は寺に一泊し、翌日都に向けて出発した。
「──都行きを止めなくて良かったのでしょうか?」
「構わんさ」
「「!?」」
俊宇が寺を立った後、枯木が心配そうに岩徳和尚に尋ねた。しかし、帰って来たのは岩徳和尚の声ではなかった。枯木は驚いて岩徳和尚を見ると、彼は腕を組んだまま物凄く嫌そうな顔をしている。
「和尚、そう嫌そうな顔をしてくれるな」
そう言って姿なき声の主はくつくつ笑う。岩徳和尚の顔が益々険しくなる。
「あの小僧は何者だ?」
「何者でもないさ。これから何者になるかもしれないし、ならないかもしれない。先の事は分からない」
「私は謎かけをしている訳ではない」
「なら、謎掛けで勝負をしよう。勝ったら教えてあげよう」
「勝負など絶対するものか!」
二人と一匹がそんなやり取りをしていたことは俊宇は知らない。




