和尚の不運 其の参
獣は何処からとも無く賽子とぼろぼろの御椀を取り出すと自身と和尚の間に置いた。
「御椀で隠した賽子の数字を当てるというのはどうだろう? 10回勝負で先に3回当てた方が勝ち。とても公平だ」
「妙な仕掛けをしているのではなかろうな?」
岩徳和尚が訝しげに尋ねると獣はくつくつと嗤う。
「仕掛けなどしては面白くないだろう? 心配なら和尚が振れば良い」
「うむ。なら、よかろう」
岩徳は少しでも自身が有利になるならばと了承した。
その結果、岩徳和尚が勝負に勝った。
「私の負けだな。仕方ない、まぁ、雨も小雨になっているし、約束通り出て行こう」
獣はあっさりと負けを認め、廟の入口へと向かう。岩徳和尚はほっと胸を撫で下ろしたその時、獣はピタリと歩を止めた。
「そうだ。和尚の名を教えてくれ」
「岩徳だ」
勝負がついて油断していたのもあるのだろう、岩徳和尚は深く考えず獣に名を教えてしまった。
「ほう? 貴殿があの?」
「なんだ、私を知っているのか?」
「ああ。この辺りを散歩している時に出家したばかりの幼い小坊主が一人泣いていたので理由を尋ねたのだ」
小坊主はこう答えたそうだ。
『──岩徳和尚様が凄い方だとは分かっているのです。ですが、和尚様の怒鳴り声を聞くのが私は怖い。家に帰りたい』
獣は健気なその小坊主を憐れに思ったそうだ。そして、その獣は小坊主にこう伝えた。
「私がその岩徳和尚を懲らしめてやろうとな!」
その瞬間、廟の中に突風が吹き荒れた。
──しまった!!
思った瞬間には廟は消え去り、岩徳和尚は道に放り出されていた。獣の姿も無かった。
「してやられたな」
そこで、岩徳和尚は違和感を覚えた。獣の妖魔に騙し討ちされたというのに全くと言って良い程怒りが湧いて来なかったのだ!
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「──それでそんな状態に?」
口元を抑え、ぷるぷると震えながら枯木は尋ねた。その様子に岩徳和尚は眉を顰める。
「妖魔に懲らしめられる和尚って……ぶふっ!!」
「笑い事ではないのだが」
我慢できずに吹き出した枯木に怒りたいのに怒れない岩徳和尚は情けない顔をするしか無かった。
「しかし、一月もその状態というのは余程厄介な呪法か何かなのでしょうね?」
枯木は一頻り笑った後、岩徳和尚に尋ねた。岩徳和尚は高位の僧侶である。何かしら解決出来る手段は見つけていると考えたのだ。
「いや、解決方法など最初から分かっている。妖魔と接触した小坊主と関係を改善する事だ」
「ん? では、何故その状態なのです? もしや、その妖魔と接触した小坊主が分からないのですか?」
「それも分かっている」
枯木は首を傾げた。岩徳和尚が解決方法が分かっているのにその状態のままなのが理解出来なかったからだ。
「どう、接して良いか分からんのだ」
「は?」
気不味そうに岩徳和尚は目を逸らした。




