和尚の不運 其の一
天天と名乗る奇妙な霊狐に出会ってから数日後、俊宇は賀州に辿り着いていた。
賀州は複数の宗派の寺院が乱立する街である。その為、街の中も至るところに僧侶や修行僧が行き交っていた。
──活気のある街だな。
俊宇は素直にそんな感想を抱いた。
「──おや、旅の、それも道士の方とは珍しい」
群衆に呆気に取られていると、不意に声をかけらた。振り向くと小坊主の集団が立っている。
「此処には余り道士は訪問しないので?」
「いえ、以前は多くの来訪があった様ですが、最近はめっきり。代わりに商人が多くなりました」
「それは何故?」と俊宇が問う前に横から別の小坊主が答える。
「妖峰山から妖魔が下りて来なくなって随分経ちますからね」
「村が襲われなくなったのは良い事です。だというのに都は……」
──都?
そうにこにこと愛想の良い小坊主達は説明する。
「お前達! 何処で油を売っている!!」
「ひぃ!! 岩徳和尚!」
良く通る声が小坊主達を一喝した。俊宇が声がしたほうを見ると厳めしい顔の一人の僧侶──おそらく岩徳和尚──が仁王立ちしていた。
✧✧✧
「──うちの小坊主達がとんだ失礼を」
「いえいえ、親切に説明をして下さっただけですので謝罪される様な事は何も有りません!」
招かれた寺で如何にも高位の僧侶といった風貌の岩徳和尚に丁寧に謝罪をされ、俊宇は冷や汗を浮かべるしかなかった。
「うちは大きい宗派では有りませんし、規律も他に比べれば厳しくない。小坊主達も大らかな性格の者が多く、良く言えば人懐こい、悪く言えば締まりがない。私が厳しくせねばと……」
──私は何の話を聞かされているのだろう??
俊宇が混乱していると唐突にその答えが帰って来た。
「岩徳和尚はいきなり怒鳴ってすまなかったと言いたいのです」
「え?」
──誰?
顔を上げると部屋の入り口に一人の男──年嵩は岩徳和尚と変わらないくらいだろうか──が立っており俊宇に軽く頭を下げた。
「私はこの辺りで医者をしております。枯木と申します」
「はぁ」
俊宇が気の無い返事をすると、岩徳和尚は枯木を睨みつけ良く通る声音で言い放つ。
「枯木よ。客人を驚かせるではない!」
「はははっ、客人を困らせていた貴方に言われたくないですね」
枯木という医者は岩徳と親しいのか彼の声量にも全く怯む事が無かった。二人のやり取りをただ呆然と見ていると、枯木がにこりと笑いかける。
「いやぁ、この岩徳和尚は最近お灸を据えられたばかりでね。それ以来こんな感じなのだよ」
「これ!」
「いいじゃないか」
顔を真っ赤にして怒る岩徳和尚を後目に「実は……」と枯木は勝手に話始めた。




