狐につままれる
──さて、これはどうしたものか?
俊宇は木の棒で目の前に転がるそれをツンツンと小突いた。
目の前に転がるそれは若干薄汚れてはいるものの毛艶は良くふさふさとしていた。それなりに、いや、かなり栄養状態は良さそうだった。
──ツンツン
「…………」
俊宇が木の棒で小突く度、その瞼がぴくぴくと動いている。
──ツンツン、ツンツンツン
「……や、やめてよお〜」
俊宇が小突き続けると我慢できなくなったのか、か細い声で鳴いた。というか喋った。
──やっぱりか。どう見ても普通の狐ではないよなぁ。
俊宇は呆れ混じりの視線をそれ──金色の狐に向けた。その尾は九つに割れていた。
「そんな目で見ないで!」
狐が抗議の声を上げる。
「狐、こんなところで何をしていた?」
「ふっ、実はこう見えて私は重大な任務を負っているのです! ちょっとその目は止めて!」
キリリととした表情で言い張る狐に俊宇は半信半疑の目を向ける。
「疑わしい。では、どんな重大な任務なのだ」
「それを言うと思いますか?」
「別に興味はないが……」
おすまし顔で答える狐に背を向け、立ち去ろうとすると狐は俊宇の足に縋り付く。
「聞いて! 私の話を聞いてください!」
──そもそも重大な任務をそう軽々しく他人に言って良いのか?
そんな疑問を抱えつつ、俊宇は興味半分に狐の話に耳を傾ける。
狐の話を要約すると、この狐の名は天天と言い、霊狐で自身の妹弟子にかけられた呪を解くために凶悪な妖狐──その妖狐も狐の姉弟子だとか──を探して各地を旅していたらしい。
最近になってその妖狐が都にいることが分かり南の地から都を目指して旅をして来たのだそうだ。
「南の地は食料豊かでしたが、この辺りは土地が痩せています。お腹が空いて、優しい人間が助けてくれるのではと行倒れたふりをしていました」
──南の地ではさぞ良い物を食べていたのだろうな。果たして本当にその妖狐を探していたのか……。
俊宇は疑わしい目を狐に向けながら狐のふくふくとした姿を見てふと思った。
「毛皮、剥がれなくてよかったな」
「酷い!!」
狐──天天は悲鳴に似た叫びを上げた。
「狐、ではなく天天殿だったな。貴殿は都を目指しているのだったな。因みに都はどちらの方向だ?」
「あちらです!」
「…………」
天天はすらりとした前足で方向を指し示す。俊宇は天天が指し示した方向とその先にそびえる妖峰山を交互に見た。
「うん。天天殿、あの山の名前を知っているか?」
「山の名前? うーん、妖峰山に似ているようです。都からもあのように近くに見えるのでしょうか?」
首を傾げる天天に俊宇は残酷な真実を告げた。
「天天殿、似ているのではなくあれは妖峰山だ」
俊宇の言葉を聞き、天天はカッと目を見開いた。
「なんと! はっ、道士は私を誂っているのではないでしょうね!?」
「人聞きが悪い事を言うな! 残念だが事実だ!」
疑いの目を向ける狐に俊宇は肩を竦める。
「なんと……。こうしてはいられませんれは!」
「あっ、ちょっと待っ……」
俊宇の静止に構わず、天天は「私は貴方に構っている暇はないのです!」と言って走り去った。
俊宇は都方面とは違う明後日の方向へ走り去る狐の後ろ姿を呆然と眺めていた。
「何だったんだ……」
──これが所謂狐につままれるという事なのか……?
俊宇の疑問に答えるものはその場にはいなかった。




