表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紗華国妖魔奇譚  作者: 空色
第二部 皇子と仙女 第一章
204/217

霧中の屍人

「──凄い霧だな」


 俊宇(ジュンユー)は誰にとも無く呟いた。

 長時間この濃い霧の中にいては気が狂いそうだったからだ。

 村から出て道沿いに進むうちに俊宇はいつの間にか深い霧の中にいた。前後左右、一寸先が白い霧で覆われ完全に見えなくなっている。

 この霧の中に入ってから時間の感覚もない。あるのは言い表せない不安感や焦燥感であった。


 ──神獣様がいれば……。


 ふとそんな考えが頭を過ぎり、俊宇ははっと我に返る。


 ──なんて情けない!


 そう思い俊宇は唇を噛んだ。

 反対する自らの師に直談判して、山を下りてきたにも関わらず何も成し得ぬうちから、奇妙な霧に道を遮られている。あまつさえ、山の主の力を当てにしている自身に腹がたった。


 ──パン!


 俊宇は思いっ切り自らの両頬を叩いた。小気味よい音が木霊する。


「今、私が考えるべき事はどうやってこの霧の中を抜けるかだ!」


 俊宇は自分に言い聞かせる様に言った。頭が少しハッキリとすると、視界の端に何かが蠢く気配に気が付いた。その気配は追おうとするとスッと気配は消えてしまう。


 ──見られている?


 俊宇が足を止め、周囲の気配を探れば、何処からか誰かに見られている気配がする。

 ゆらりと視界が揺れた。

 白い霧の中から誰かがやって来るのが見えた。俊宇は目を凝らす。


「なっ!」


 白い霧の中から現れた者に俊宇は唖然とした。霧の中から現れたのが若い女だったからだ。その女は何かを抱えており、誰からか逃げるように走ってくる。


「申し……」


 俊宇が声を掛けようとしたが、女は俊宇が見えていないのか、そのまま一心不乱に彼の横を走り抜けていく。

 俊宇は反射的に後を追おうとして、()()にぶつかった。


「今度は何だ!」


 そう言って顔を上げ、俊宇は目を見張った。

 彼の前に立っていたのは、黒衣を来た俊宇よりも頭一つ分背の高い男──身なりからして道士だった。

 彼は白濁した瞳で俊宇を見下ろしている。


「!?」


 ──屍人!?


 俊宇は思わず後ろに後ずさり、手を剣に掛けようとした。しかし、その手はその屍人は押さえられ動かせない。屍人は静かに首を左右に振った。

 屍人の行動に驚きつつ、俊宇は目の前の屍人を注意深く観察する。彼に敵意がないことを悟ると、俊宇は少し逡巡するも声を掛けた。 


「貴方は私の敵ではないのですか?」


 俊宇の問に彼は静かに頷く。


「この霧の中から出る方法を知っていますか?」


 再び彼は頷いた。そして、俊宇の腕をがっしりと掴むとずんずんと霧の中を進んでいく。


「ちょっ、待っ!」


 俊宇は彼に引きずられる形で霧の中を進む。

 数刻もしないうちに俊宇達は霧の中から抜け出していた。

 呆然とする俊宇を残し道士の屍人はあっさりと去って行った。


 ──何だったのだ?



 ✧✧✧



「──そりゃあ、オンボノヤスじゃな」

「オンボノヤス? それは妖魔なのですか?」

「さあな? 儂らはそう呼んどる」


 辿り着いた村で深い霧の中であった出来事を尋ねると老人はそう教えてくれた。

 オンボノヤスとは、山の中に入った人間に出会うと、霧を吐き出して吹きかけると言われている妖魔のことらしい。霧をかけられた者は道を失い、遭難させられるのだそうだ。


 ──私は霧をかけられた覚えはないのだが……。


 ただ、このオンボノヤス、この老人曰く、その姿形はわからず、正体の一切が不明なのだとか。つまり、妖魔かどうかも不明なのだ。

 ついでに黒衣の屍人についても尋ねたが、こちらについては全く心当たりがないらしく「知らんなぁ」と老人は首を傾げていた。


 ──私の知らない妖魔もいるのだな?


 釈然としない気持ちで俊宇はその村を通り過ぎた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ