村の怪異 其の五
「──道士様、私たちはこれからどうすれば良いでしょうか?」
夫婦二人にそう尋ねられ俊宇は言葉に詰まった。何と言えば良いか分からなかったのだ。
──山の中で温々と育った小童。
神獣様の言葉が脳裏を過る。
妖魔に対する知識はあったが、俊宇自身まだ旅を始めたばかりの小童で二人に助言出来る様な人生経験は皆無に等しかった。
──正直に村人達に打ち明ける?
そんな回答が喉まででかかったが、言葉にはしなかった。男が密かに神獣様を祀る祠に祈っていた姿を思い出したのだ。
──この村人達は家族を妖魔に殺されている。もし、彼女が妖魔の血が混じっていると知って受け入れられるのか? 正直に話して受け入れられなかったらこの夫婦はどうなるのだろう?
そんな思いが浮かんだのだ。
「申し訳ありません。これは私たちが決めるべき事ですよね」
俊宇ははっと顔を上げた。二人が俊宇を酷く心配そうな顔で見ていた。余程酷い顔をしていたらしい。
「こちらこそ、申し訳ありません」
俊宇は小さく頭を下げた。
✧✧✧
「──生首は人に危害を加える類のものではありませんでした。ですが、夜は極力出歩かず、生首を目撃しても何もしないでください」
「何も? 本当にそれでよろしいのてすか?」
俊宇は村長の元にそう報告をした。村長は俊宇の報告に納得がいかない様子だ。当然だろう。
「ええ、何も。下手に危害を加える方が危険です。不安かも知れませんが、いずれ出なくなるのを待ってください。村の皆様にもそうお伝えください」
俊宇はそう言って村長の家を後にした。
あの夫婦のことが気がかりではあったが、これ以上俊宇にできることはない。
──これで二人が結論を出すまでの時間は稼げるだろう。
後ろ髪を引かれる気持ちで村を出た。
俊宇が去っていく姿を夫婦は遠くから見送っていた。
「──私と離縁しないの?」
「な、何故?」
そう妻に問われ、男は驚いた顔をする。
「私が妖魔の血が混じってるのよ。憎くないの? それに、これからきっと迷惑をかける」
「お前だって両親を妖魔に食われたのだろう? だったら、俺と同じじゃないか! それに道士様が人に危害を加えたりはしないと言っていただろう」
男は心外だとばかりに妻に言う。
「それに神獣様だって、山に現れた時は妖魔扱いだった。だが、村を救ってくれたのはその神獣様だ。妖魔だからって悪とは限らない、と俺は思う」
「そうね」
男の言葉は尻すぼみになっていた。妻は眉尻を下げて笑う。
「俺、実は神獣様を見たことがあるんだ」
「え?」
月のない夜、青い光を纏い天を駆ける姿は幼い少年の心に強烈な印象を残した。
神々しいというのは、あの様な物を言うのだと子供ながらに思ったと男は妻に伝える。
「──まずは隣村に言ってお前の両親について聞こう。何か分かるかもしれない」
そう言って二人は並んで帰路についた。




