宿の書庫
──この書物の中には一体どのような話が綴られているのだろう? 林辰さんの口振りだと私の求める様な奇々怪々な話が綴られているのは間違いないだろう。
書庫の中の書物に羅羽は心躍らせる。
──さて、どれから目を通すべきか……。
羅羽は流行る気持ち抑えて、まずは書庫を見て回ることにした。
書庫はそれなりの広さがあるが、どの棚も書物はきちんと整理されていた。林辰の性格だろうか、棚には埃一つなかった。
一日では到底全て読み切るなど無理であろう。読み終わるまで此処に滞在出来れば良いが、羅羽も一応仕事があるので身だ。何時までも此処に留まる事は出来ない。
羅羽は近場にあった本を手に取ろうとした。
──ガタンっ
書庫の奥の方で物音がした。
──誰かいるのか?
そちらを見遣れば、何か人影の様なものが通り過ぎるのが見えた。そこで羅羽は此処が修験者達の宿だということを思い出した。
──きっと此処に滞在している修験者だろうな。
宿の中を回っている間、人の気配がなかったせいで此処に今いるのは羅羽と林辰の二人だけだと思い込んでいた。しかし、此処は修験者達の宿であり、羅羽達以外にも人がいても不思議ではないのだ。
──はて、どの様な方なのだろうか?
羅羽は此処に滞在出来る修験者というのが、どの様な者達なのか興味が湧いて、その顔を見てみたくなった。
──ぜひ一度親しくなりたいものだ。
勿論、奇々怪々な話を聞く為である。
羅羽は人影が通り過ぎた方へと足を進めた。一番端の書棚から奥を覗き、羅羽は声を掛けた。
「──もし、私は羅羽と申しまして……?」
しかし、そこには誰もいなかった。
書庫の奥から移動するならどうしても羅羽の前を通らねばならない。
──見間違えか?
そう思い、羅羽は再び書庫の中を探ろうとしたが、足元に一冊の古書が落ちている事に気が付いた。
──物音の正体はこれか。
整頓された書庫の中、床に落ちた書の存在には違和感を感じたが、羅羽はその書を拾い上げ、目を見開いた。その表紙には『紗華国妖魔奇譚』の文字。
妖魔が跋扈していたとされる『紗華』の時代の事が書かれていることは明らかだった。
──これは僥倖!
羅羽はその書を詳しく読もうと頁を捲った。
しかし、文字を読もうとすると羅羽の視界がぐにゃりと歪み、書の中に吸い込まれる様な感覚に襲われた。
──なん、だ?
羅羽はその感覚に抗う事も出来ず、パラパラと頁の捲れる音を聞きながら、そのまま意識を手放した───。




