旧洗濯場の怪異 其の参
「いやぁ、流石奇々怪々を語らせたら右に出るものは無いと噂の羅雨殿だ。すっかりバレてしまった……我ながら良く出来たと思ったのだけれどな。恐れ入った」
許は残念そうに言うが、その表情は全くもって残念そうではない。その表情を見た羅雨は嫌な予感がした。
「何故、その様な話をつくったのです?」
羅雨ではなく、朴の方がが尋ねた。
「羅雨殿が言った通りだよ。旧洗濯場に近寄らせたくなかったからさ」
「それは何故? お触れ書きを出せば良いだけではありませんか?」
朴の言葉に羅雨は頷いた。朴の言う事はもっともである。近づけたくないのならば、お触れ書きを出すのが有効なのだ。
「何かご事情がお有りになるのですか?」
許は軽く周囲を見回してから、声を潜めて言った。
「医療棟に疫病と思われる患者が運び込まれた」
「!」
「なら尚更お触れを出したほうが良いのでは有りませんか?」
許の言葉に羅雨と朴は目を見開いた。
「あくまで、疫病と思われるという段階さ。確定ではないし、特定にも今時間がかかっているのだよ。お触れを出して不用意に宮廷内外の不安を煽りたくはなかったからね」
「それで一先ず患者の洗濯物を洗う洗濯場に人を近寄らせないように噂を流そうとしたのですね」
羅雨の問に許は頷く。その横で朴は暫く考え込み、許と同じ様に声を潜めて尋ねた。
「特定に時間がかかっているとなると、もしや新種の疫病、ということですか?」
許は静かに頷いた。これに朴も羅雨も顔色が悪くなる。本当に疫病であれば一大事だからである。ここ迄話されると羅雨は不安になった。
──私の様な下っ端官吏が知って良いことではない!
「その様な事を朴様は兎も角、私の様な下っ端官吏に話て良かったのですか?」
「勿論、良くないぞ」
許は当然とばかりに言う。
──なら何故教えたのですか!?
と羅雨は内心で叫んだ。
「良くないが、知らなければ協力してくれぬだろう?」
「協力?」
羅雨は生唾を呑み込んだ。どんどん巻き込まれているのを肌で感じたのだ。
──これは不味い。どうにか回避しなければ!
そう思ったのも束の間、許のある一言で羅雨の決心は揺らいだ。
「この疫病、とても奇妙でな。罹患した患者の様相も変わっている。異様だから人目を避けたいが、より多くの情報も集めたいのだ」
其処まで言って許は羅雨をちらりと横目で見た。きっと羅雨の瞳は好奇心を隠しきれていなかっただろう。
「協力してくれるだろう?」
許は羅雨に向かってにこりと微笑んだ。羅雨は不可抗力で頷いてしまっていた。




