高貴な文官
「許様の様なお忙しいお方が何故この様なところへ?」
「ちょっと待て、何故その問を俺には尋ねなかった?」
「聞く前に貴方はご自身で理由を言っていたじゃないですか」
不満気な朴を一瞥すると羅雨は笑顔を張り付けて許へと顔を向ける。
「いや、理由は朴殿と同じだよ。君が旅先から未亡人を連れ帰ったとなると一体どんな女人か気にならない理由無いさ!」
そう優雅な仕草で言うので、羅雨は笑顔のまま数秒固まった。
「──そうでしょうか? いち商家の末息子の行動など許様の様な高貴な御仁が気にされる様なことでは無いかと存じますが?」
「商家の末息子といっても、君はあの大商家の末息子だろう。君が思う以上に君の動向を気に掛ける者は多いさ」
「はぁ」と羅雨は気のない返事をするが、許は特に気にした様子はない。
「まあ、私は君の友の一人として君を気にかけているに過ぎないがね!」
「それは、どうも、ありがとう御座います?」
──一体いつ私はこのお方と友人になったのでしょうか?
胸を張る許相手にその疑問は流石に口にしなかった。
「──その女人の事ですが、先程朴様に申し上げたように本当によく知らないのです。ただ、奉公先を探すのに都に向かうと言われまして」
「そ・こ・で! 君が推薦したのだろう?」
羅雨は首を左右に振って、家まで案内しただけだと告げた。
「店はあくまでも両親とそれを継ぐ兄のものです。彼女を雇うか否かはすべて父母に判断を委ねました」
「本当に?」
羅雨の返答に許は小首を傾げる。その様子に羅雨は一抹の不安を感じた。
──許様は一体何を期待されているのでしょうか? 或いは私の予想を遥かに外れて噂話が一人歩きをしているとか? 後でさり気なく確認しておく必要がありそうです。
「ええ。彼女は実際良く働いていますよ」
「ほう?」
羅雨が強く頷いてみせると彼は思案する様子を見せたものの、パタリと扇子を閉じて笑顔を浮かべた。
「で、旅行の方はどうだった? 何か面白い話は見つかったかい?」
突然過ぎる話題の切替である。
「ええ! とある村の村長の話なのですが……」
そう言って羅雨は村長に聞いた話を許に話してやると彼は身を乗り出す勢いで羅雨の話を聞いていた。
「──ところで私が不在にしている間、何か変わった出来事はありましたか? 勿論、奇々怪々な出来事の話です」
話が一段落したところで、羅雨が話を振ると許は「良くぞ聞いてくれた!」とばかりにぱぁっと表情を明るくする。彼は居住まいを正すと内緒話をするように声を潜めて言った。
「実は君がいない間出たのだよ」
「おお!!」
盛り上がる二人のその横で朴が遠い目をしている事には見て見ぬ振りをした。




