朱衣の女 其の二
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「──その後、その焦げた布があの婚礼衣装だと知って大泣きした記憶があります」
「そうでしたか」
羅羽が苦笑混じりで話し終えると、李辰は深く頷いた。
「では、貴方が奇々怪々に取り憑かれたのはそれからという事ですか?」
「ええ、恐らくは」
──羅羽を救ったのは、付喪神だったに違いない。
親戚の誰かが言った言葉が羅羽の脳裏に蘇る。羅羽自身もそう思っている。その言葉が切っ掛けだったのは間違いないだろう。
あの後、あの朱色の衣の女の事を尋ねたが、誰もそんな女のを見ておらず、当然ながら焼け跡からもそんな女の遺体も出なかった。
そもそも離れは、母屋の奥まった場所にあり、人の大勢いる店の中を通らなければ入って来れないところにあった。あの鮮やかな朱色の衣は人目を引いただろう。誰も気が付かない等あり得なかったのだ。
「──あの朱色の着物を着た女人は婚礼衣装の付喪神なのでしょうか?」
「さぁ、私には分かりかねます」
羅羽の問に李辰は首を軽く振ったが、優しく微笑むとそのまま続けた。
「ですが、充分に有り得る話です。付喪神とは、人に大切に扱われていたものが、長い時を経て妖魔になったものといわれています。その婚礼衣装は羅羽殿の家でとても大切されてきたものでしょう? 恩義を感じて幼い羅羽殿を救ったと言われても不思議ではありません」
李辰の言葉に羅羽は胸が熱くなった。
羅羽の家族は、彼がこの話をするたびに何処か不安そうな、心配そうな顔をしていた。自然に羅羽は家族の前ではこの話をしなくなったが、李辰の反応に羅羽は肯定された気がしたのだ。
「──そう言えば、ここの書庫に所蔵されている書物の中にも似たような話がありました」
李辰の言葉に羅羽は目を輝かせた。
「一体どのようなお話しで!?」
前に身を乗り出して問う羅羽に李辰は苦笑しながら、羅羽を押し止める。
「羅羽殿、先程も申しましたが、書物は逃げません。自分でお探しになると良いでしょう」
「! では、もう書庫を見に行っても良いのですね!?」
「はい」と李辰が頷くと、羅羽は一目散に書庫に向かった。
「きっと、その書物の中に羅羽殿を救う術もあるでしょう」
そう言った李辰の言葉は羅羽の耳には届いてはいなかった。




