守刀
「──貰ってくれる?」
そう言った梁明鈴の手には朱い刀身の小刀が握られていた。その行動に羅秀は驚いて彼女をまじまじと見た。
「これは私以外に渡す人がいるのではないですか?」
そう言って受け取ろうとしない彼に彼女は小刀を押し付ける。
「ずっと昔、この守刀は貴方に渡すと約束したでしょう?」
「そうですが……」
彼は戸惑いながら刀を見る。その目には美しい朱い小刀がしっかりと映っている。その様子につい梁明鈴は笑ってしまった。
「全く、目は嘘をつけないというのは本当のようね?」
彼は罰の悪そうな顔をしたものの、躊躇いながらも小刀を受け取った。
その様子が余計面白くて明鈴はさらに笑った。
羅秀はむっとした表情をつくるも、小刀を手に入れられた喜びの方が勝っていたらしい。唇の端が僅かに緩んでいた。
明鈴の持つ小刀を時折羨まし気に見ていた子供の頃の情景が甦る。
「たとえ貴女が返して欲しいと言っても、もう返しませんからね!」
恥ずかしさを紛らわせる為だろう。羅秀は小刀をしっかり握ったまま、此方を見ずにそんな事を言った。
その様子を明鈴は微笑ましく見つめた。
その視線の先には、彼の側に嬉しそうに寄り添う朱色の着物の女性がいる。彼の妻・陳梓晴ではない。
その女性の存在を羅秀は恐らく一生認識することは出来ないだろう。何故なら彼女はその守刀に宿る精霊だからだ。
明鈴の元にあったからか、或いは呪いの剣の影響を受けたせいか、大して鍛えてもいない刀には何時の間にか精霊が宿っていた。
明鈴は彼女を朱月と名付けたが、彼女は持ち主の自身よりも羅秀を好んだ。きっと見る度に褒め言葉を聞かされたからだろう。
だから、明鈴はこの守刀の新たな主に彼を選んだ。
彼女の朱色の着物は刀身を現しているのだろうが、何処となくその姿が花婿に寄り添う花嫁を彷彿とさせた。
彼女は自身を見ることのない彼をこれから十年、二十年と彼を守り続けるだろう。何があっても。
それを少し不憫に思いながら、明鈴は彼等を暫く見つめていた。
これは明鈴と羅秀が関家を訪れる前の話──。