終章
羅雨は林辰と|物凄い形相で睨んでくる千手に見送られ帰路に着いた。
その隣には妙齢の女人──神獣様こと、梁明鈴の姿があった。旅装に身を包んだ彼女は普通の旅人にしか見えない。
──まさか、神獣様を家に連れて帰る事が出来るとは!
まだ、狐に化かされているのではないかと羅雨は何度も頬を抓ったが矢張り頬は痛かった。そんな羅雨を余所に明鈴はきょろきょろと周囲を見渡している。
「──数百年ぶりの人の世だわ!」
と感動している。その様子は都に出て来たお上りさんの様で少し微笑ましくなったが、「んんん?」と首を傾げた。
──数百年ぶり……?
「神獣様は千年間山を下りたことが無かったのではありませんか?」
「まさか! そんなに長く山に籠もってたら、滅入っちゃうじゃない!」
──何をそんな当然の事のように……。私はやっぱり化かされているのでは?
唖然とする羅雨を置いて彼女はスタスタと前を歩いていく。羅雨は彼女の後を置いて行かれない様について行く。
「ああ、待って下さい! 寄る所があるんです!」
「寄る所?」
首を傾げる彼女を連れて、羅雨が向かったのは行きがけに通った道だ。その道を歩いていると手を振る親子の姿があった。山の麓で出会ったあの親子であった。
「あの親子です」と伝えようとしたが、隣にいた筈の明鈴の姿がない。
「──商家のおじちゃん!」
羅雨が疑問に思う隙もなく少年が駆け寄ってきた。彼の腕には愛らしい猫が抱かれている。猫は羅雨の姿を見ると「ニャ!」と一声鳴いた。
「僕あれから一杯考えたんだ! 僕はこの子といたいけど、この猫は兄ちゃん預けようと思うんだ!」
「おや、どうしてですか?」
少年は猫を手放したからなかったが、羅雨と別れた後考えが変わったらしい。羅雨が尋ねると少年はキリッとした顔つきになる。
「母ちゃんを心配させたくないから! それとこの村は貧乏だ。きっとおじちゃんと一緒に行った方がこの猫にとっても良いと思ったんだ!」
そこまで言うとへにゃりと少年は眉尻を下げた。
「で、でも、会いたくなったら会いに行ってもいいかな?」
「ええ、勿論!」
羅雨がそう答えると少年はぱあっと表情を明るくして、羅雨に頭を下げる母親の元へと走って行った。羅雨の腕には金色の毛並みが美しい猫が残った。
「──さぁ、私達も家に帰りましょう」
親子の姿が見えなくなった後、不意に現れた明鈴がそう言った。
「貴女の家ではないですけどね」
そう言って羅雨は明鈴を振り返った時、羅雨は奇妙な既視感を覚えた。