山の主
目を見張る千手の視線の先を辿るとそこには女人が一人立っている。その女人に羅雨も千手と同様に目を丸くした。
「──何故、貴女が此処に?」
羅雨の疑問が口から漏れる。彼女に見覚えがあったのだ。その反応に千手は更に驚きを見せた。
「羅雨よ。お前はこのお方とお会いしていたのか?」
「ええ、神獣さまの廟でお会いしましたが、この方は……もしや?」
「ええ、その”もしや”です」
唖然とする羅雨に彼女は微笑みかける。
──まさか、神獣の廟にいたのが、神獣様ご自身だったなんて!!
羅雨は喜びに緩む頬をどうにか引き締めるが、好奇心が抑えられない。
「ごほん! そのし、神獣様は何故御自ら此処に? もしかして私に会いにいらしたのですか?」
期待の籠もった視線を向けると彼女は微笑んだ。
「随分と話が盛り上がっているようだから、私も混ぜてもらおうと思ったの。駄目だったかしら?」
「いいえ!!」
神獣の思わぬ申出に羅雨は瞳を輝かせた。
「主が人間と言葉を交わすなど!」
「何故です?」
喜ぶ羅雨とは反対に憤慨する千手に羅雨はついむっとして言い返す。その様子がおかしかったのか、彼女は笑う。
「ふふ、こんな短い時間で随分と打ち解けたようね」
「そんな事はありません!」
千手が否定するので、羅雨は恨めしげな視線を向けた。
「羅如水、と呼べば良いかしら?」
「羅雨とお呼びください」
彼女に呼ばれ羅雨は向き直った。彼女は神妙な顔で続けた。
「羅雨。本来人の踏み入ることの無いこの場所へ貴方招いたのには理由があるの」
「理由? 私が奇々怪々に魅入られているからですか?」
この宿に辿り着いてから、林辰に真っ先に指摘されたことだ。
「ええ、貴方は奇々怪々に魅入られている。実際その自覚がどれ程あって?」
羅雨は正直に答えた。
「周囲に指摘されて自覚する程度です」
「実はその原因は私にあるの」
「貴女に?」
申し訳無さそうに言う神獣に羅雨は目を丸くした。羅雨の一族は信仰深いが、今まで羅雨の様なものはいなかった。彼女とも全く接点は無かったはずだ。
「私が奇々怪々に魅入られたのは花嫁衣装の付喪神のせいではないのですか?」
そう問う羅雨に彼女は眉尻を下げる。
「貴方の家には私の守刀があるはずよ」




