千手
「──千手千手さん」
「何じゃ?」
「つまり、千手さんは怨霊という事になるのですか?」
「いいや? どちらかと言えば付喪神に近いだろうな。或いは古椿の霊とか。一人の胎児の亡骸に増幅された怨念が宿った。宿る媒体が茶碗や傘であれば、付喪神等といわれるものになったであろう」
少女──千手の説明に羅雨は成る程と頷いた。付喪神は長い年月を経た道具などに精霊が宿ったものとされている。その器が偶々胎児の亡骸で宿ったのが怨念だったという話だ。
「ところで、剣の霊の主一族の魂はどうなったのですか?」
「3000人の兵士と戦い勝った事で一族の魂は無事昇華された。我に宿った物はその残りカスだ」
「残りカス……」
──残りの方が強烈そうなのは是如何に……。
羅秀はちょっと遠い目をしてしまった。
「さて、羅雨よ。此処まで話を続けてきたが、私が怖いか?」
「いいえ」
羅雨は即答する。
羅雨の恐れは恐らく何者か分からない事であった。彼女が何者か分かった途端その得体の知れない事への恐怖は遠のき、好奇心だけが残っている。
千手は何とも言えない顔をしたが、羅雨にはそれ以外に気にかかることがあったのだ。
「貴方が生まれ落ちたその時に『紗華の大禍』も誕生したのですね」
「ああ、そうだ」
千手は首肯する。
「その時の3000人の兵には生き残った者がいたのですか?」
「いいや、いなかった。全て喰らった筈だった」
千手は歯切れの悪い物言いをする。それが羅雨の考えを肯定していた。
「私の聞いた『紗華の大禍』の話は貴方達が誕生するその瞬間が元になっている様に感じるのです。勿論、後から想像によって作られた話と考えることも出来ますが……。その場で生き残った者がいた、或いは味方の誰かがその話を広めたのですね」
「…………」
千手は答えなかった。
「この件に関しては、実は私も良く知らないのだ。その場の誰があの場を見て、誰が広めたのかも。ただ主は口を挟むなと仰せになった」
「それは、どういう?」
恐らく千手の主──梁明鈴はその人物が誰か知っているのだと羅雨は直感的に思った。
「ただ、分かるのはその者は『紗華の大禍』に魅入られていたという事だ」
そう告げた後、千手は羅雨を見て、正確には羅雨の後を見て目を見開いた。




