生餌
「──誰が扉を閉めたのだ?! 早く開けろ!!」
指揮官が叫ぶが、兵士達が集まってどんなに押してもビクともしない。
「と、閉じ込められた!?」
誰が叫び、兵士達の間に動揺が走る。
「──随分と賑やかですね?」
澄んだ声が修練場内に響いた。その声に皆が一斉に振り返る。
何時からいたのか黒衣の青年が一人修練場の高台に立っていたのだ。皆それが誰かなのか直ぐに理解した。何故なら、彼は奇妙な面を付けていたのだから。
「梁明月!!」
指揮官が号令を出し、皆一斉に武器を構える。
「なんと豪気な!! 一人で我が部隊3000人に立ち向かうとはな!!」
「一人? まさか」
嘲笑を含んだ声音に指揮官の男は片眉を上げた。どう見ても梁明月は一人で修練場に立っている。
ただその側に何時の間にか古びた一つの匣が置かれていた。
警戒を緩めずに様子を見ていると「ひぃっ!」と一人の兵士が突然悲鳴を上げて倒れた。彼は泡を吐き、死んでいた。それに続く様に兵士の一人また一人と倒れ始めた。その内に周囲の気温はどんどん下がっていく。白い息を吐きながら、指揮官の男もその場の異様さを理解し始めていた。
「──貴様何をした?」
「私は何も?」
その視線が指揮官の足元に送られた。ぎゅっと何かが指揮官の足を掴む。
下を向いて指揮官は息を呑む。地面から白い手が彼の脚を掴んでいるのだ。その手は一本だけではなく、彼方此方から生えている。
意識を保っている兵士達は阿鼻叫喚で手から逃げ回り、泡を吐いて倒れる者、錯乱して武器を振り回し、敵味方関係なく貫く者までいた。
そんな地獄絵図の中、指揮官の男は強引に白い手を振りほどくと剣を取り、明月に向かってその切っ先を掲げた。
「梁明月! 降りて来い!!」
指揮官の男の呼び声に明月は修練場へと降り立つ。その手には一振りの剣が携えられている。黒光りする剣の先からは青黒い炎が纏わりついている。
指揮官の男が明月に向かって剣を振りかぶった。明月も剣を振る。一帯は一瞬にして青黒い炎に包まれた。
炎は梁明月自身を包み込み巨大な獣の姿になる。
「ひぃっ、ば、化け物!!」
まだ生きていた兵士が悲鳴を上げたその瞬間、
──バクリ
と何かとても嫌な音がした。兵士が自分の身体を見ると身体の半分が食われていた。
再び悲鳴が上がった。
たった一時の間に3000人の兵は死体の山へと姿を変えていた。
その中央にはあの異様な匣があり、その中からはドクンドクンと鼓動が聞こえてくる。
その音が大きくなると白い腕がその周囲を覆った。無数の手が匣を覆い一塊になると、鼓動は益々大きくなる。次に腕が離れた時、その中心には真っ白な少女の姿があった。
「──千手」
そう呼ばれた少女はこの世に生まれ落ちて初めて笑った。
3000人の兵の生命は彼女を生み出すための生餌となったのだ。




