侵攻
──黄家が反旗を翻してから早数ヶ月が経とうとしていた。
戦況は平行線、黄家はこの頃から大分消耗していた。そんな折、黄家の一通の書状が届けられた。
「──内通者から書状?」
報告を受けた黄家当主は片眉を跳ね上げて、書状を手に取り目を通す。
「ええ、あの女が本邸に向かうと。この折に梁家本邸も同時に叩きましょう」
「だが、そう簡単に行くか?」
「梁家は疲弊しています。我等黄家兵を召集し、総攻撃すれば、容易く落ちるでしょう」
そう言われ、黄家当主は口元を歪めた。判断に迷っているらしい。
「恐れながら、当主。他家も疲弊しています。此処で中心となる名家を押さえれば、指揮も上がります!」
その言葉が一押しとなったのだろう。黄家当主は立ち上がり、側近らに命じた。
「必ず梁家を落とし、あの女を手に入れろ!」
それからの行動は迅速だった。黄家当主は3000人以上の兵を挙げ、梁家本邸へと侵攻したのだ。
黄家の兵士3000人が行進する姿に周辺の村の人々は酷く怯えていた。
✧✧✧
一際大きな山の見晴台で、その様子を眺めるもの達がいた。梁明月率いる偵察部隊である。
黒い装束に身を包んだ彼等は今は誰もその素顔を隠していない。
彼等の元に空から1羽の鳥が舞い降りた。
その鳥は烏によく似ていたが、胴から生える足が三本あった。三足烏と呼ばれるそれは伸ばされた腕に器用に止まると喉から書状を吐き出し、主へと渡した。
「──準備万端」
そう言ったのは梁明月の姿をした梁明鈴だった。
「本当に俺達は行かなくて良いのか?」
一団のの中で一際大柄な男が尋ねた。
「貴方達は敵を誘導してもらいたい。目的の場所に誘い込むまでは、出来るだけ兵が複数いるように見せかけて」
そう言うが部隊員達は皆不服そうだ。
「俺等は黄家に報復できればそれでいい。生命も惜しくはない」
「だが、生きていなければ黄家の没落を目にする事は出来ないだろう? 味方の術中に巻き込まれて無駄死になんて不毛な真似はお断りだ」
「ならば、主が自ら危険な目に遭わなくとも……」
「私以外に誰が出来る?」
答えられるものは誰もいなかった。
✧✧✧
──ザッザッザッ
挙兵した兵は何度か襲撃を受けながら、本邸の修練場へと到着した頃。余りの静けさに彼等は首を捻る。
「敵兵の姿がありません」
「逃げたか?」
「何処かに潜んでいるかも知れません」
彼等は梁家本邸の訓練場へ本拠地を構え、隈なく邸内探すが、梁明鈴の姿は疎か誰の姿を見つける事が出来ない。
「矢張り、梁家の者は当主含め小心者ばかりの様ですな!」
部下の一人が笑い声を上げるが、指揮官は歯噛みしている。
「当主はあの女こそこの戦の要と言った。あの女が此処に現れると報告があったから我等は侵攻した。では、その女は今何処にいる?」
その一言で部下は顔を青褪めさせた。
漸く気が付いたのだ。自分達が嵌められたことに。
──バタン!!
その時、修練場の重い扉が勢いよく閉まった。