手
蔵に足を踏み入れた瞬間、全身に纏わりつく様な寒気が明鈴を襲った。蔵の中は寒気で満たされており、春先とは思えない寒さだった。
──まるで、氷室の中にいるよう。
心の底から凍るような寒さに明鈴は全身を震わせる。周囲は暗闇で一寸先も見えなかった。
「関さん、関さん?」
心配になって明鈴が呼びかけるが関氏の返事がない。目の前を歩いていた筈の関氏の姿は見えなくなってしまっていた。明鈴は血の気が引くのを感じた。
──此処は既に匣の術中なのか!
知らず知らずのうちに明鈴は匣の中に囚われていたらしい。どうやら匣は彼女を敵と見なし排除するために動き出したようである。
明鈴はその場で後退りした。何が彼女の足に触れる。足元を見れば白い何かが地面から突き出している。周囲を見渡せば他の場所からもにょきにょきと白い何かが生えていた。それは一見美しい花畑の様であった。
しかし、その花の正体が何であるか気が付くと全身に鳥肌が立った。
──手だ。
無数の白い手が床や壁から突き出して、密集しているのだ。その手は徐々に伸びて来て明鈴に迫って来た。
白い手が明鈴を掠めたとき、ぼっと音がして明鈴の周囲を囲うように火が灯った。
青黒いあの炎である。
それは人の形を成すと頭に角の生えた青年の姿で
明鈴の肩を掴み言った
「何をしている?」
「あれを私にどうにかしろって言うの?」
明鈴が負けじと剣の霊を睨み返すと彼は鼻で笑う。
「お前以外に誰がいる? それとも何の策も無しに此処まであの呪具に殺されに来たと」
「策はあるわ」
確かには考えて来たが、呪具そのものが明鈴の予想を遥かに超えていたのだ。
──対応まで早すぎる。まるで意志を持っているみたいだ。
この目の前にいる剣の霊みたいに。
明鈴は最初あの呪具は蠱毒の様なものだと考えていた。蠱毒とは、一つの壺に無数の毒虫を入れて最後の一匹になるまで
この呪具は毒虫の代わりに怨念を利用したのだ。怨嗟、怨念、憎悪を入れて遺体の手は媒介の様なものだと考えていた。
──手以外のものも入っている?
明鈴が剣の霊を見ると、彼女の思考が伝わったのか彼剣の形になり、明鈴の手に収まった。
明鈴は剣で手を避けながら、匣を探した。だが、匣は見当たらない。
──匣は屋根裏にあると関氏は言っていた。
明鈴は目を閉じ、耳を済ませた。
──ドクンドクン
無数の手の気配の他に微かな鼓動が聞こえた。




